輪廻の歪み
「まず、あの男の魂に残っていた『痕跡』についてだ。あれは、最初からあったものじゃない」
「……どういうこと?」
「白乃の話では、何度も転生を繰り返すうちに、身体が少しずつ弱くなっていったそうだ。それが、ここ五、六回ほど続いている」
「はい、白乃さん自身も、最初は偶然だと思っていたそうです」
「けれど、繰り返すうちに変化がはっきりしてきた。そうだな?」
「はい」
白澤さんは、しばらく黙った。
「私は、その頃から痕跡の影響が表に出始めたんじゃないかと思っている」
「……表に?」
「ああ。痕跡そのものは、それより前から魂に付着していた可能性がある」
僕は思わず顔を上げた。
「じゃあ……気づかないうちに?」
「そういうことだ。最初は、ごく微かなものだったんだろう。人間の魂なら、本来それだけで大きな影響を受けるものじゃない」
局長は何も言わず、白澤さんの話を聞いている。
「けれど、その痕跡が少しずつ魂に染み込み、定着していった。そして影響が強くなるにつれて、魂の輪廻そのものにも歪みが生じ始めた」
僕は息を呑んだ。
「……旦那さんは、巻き込まれた側?」
「そういうことだ」
白澤さんは、テーブルの上に指先を置いた。
しばらく黙ったあと、静かに続ける。
「むしろ、私が重要だと思っているのは、白乃がそのたびにあの男を見つけ、長い時間を共に過ごしてきたことだ」
局長が眉を寄せる。
「長い時間を、共に過ごしたこと?」
「そう」
白澤さんは、僕を見る。
「一度だけじゃない。何度も生まれ変わるたびに、白乃は探して、見つけて、一緒に暮らした」
「はい」
「そもそも、あの痕跡は人間にはほとんど影響を及ぼさない。今この街の人間に異変が起きていないことからも、それは分かる。けれど――」
白澤さんが頭を掻く。
「あの男は人間だ。本来なら、影響を受けるはずのない魂。でも、妖怪の妖気に長く触れ続けた場合は別だ」
「……白乃さんの妖気に?」
「そう。魂に残ったものが、妖気を媒介にして定着する可能性がある」
「つまり――」
僕は、白乃さんと旦那さんが何度も一緒に暮らしてきたことを思い出す。
「白乃さんのそばにいた時間が、痕跡を残すきっかけになった……?」
「きっかけというより、定着する環境になったんだと思う」
白澤さんは静かに頷いた。
「ただの人間だったあの男の魂が、長い年月にわたって白乃のそばにあり続けた。その間、妖気に触れ続けたことで、痕跡が少しずつ魂に定着して、大きくなっていったんじゃないかと思う」
局長の表情が変わる。
「白乃さんの妖気が、影響していた……ということ?」
「……」
白澤さんは、答えなかった。
それから、ゆっくりと席を立つと、窓の外へ視線を向けた。
「……その結果、輪廻転生そのものがおかしくなっていった」
「……何度も生まれ変わる」
局長が静かに呟く。
「ああ」
白澤さんは静かに頷いた。
「けれど、本来なら、もうあの魂は輪廻を終えているはずなんだ」
白澤さんは窓の外を見たまま続けた。
「終わるはずだった輪廻を繰り返し続けて、そのたびに魂が少しずつ消耗している」
僕は、昨日の白乃さんとの会話を思い出した。
何度生まれ変わっても、身体が少しずつ弱くなっていったこと。
そして、それでも白乃さんが彼を探し続けていたこと。
「旦那さんの身体が、弱くなっている……」
「そうだ」
白澤さんは、静かに頷いた。
「そして、今回の旦那も弱く生まれた。そう聞いている」
昨日、僕たちが聞いた話も、白澤さんはきちんと覚えていた。
「なら――今回が最後になる可能性もある」
その言葉に、胸が重くなる。
「この痕跡を解決しなければ、あの男の魂そのものが、いつか耐えられなくなるかもしれない」
白澤さんは、少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「耐えられなくなる前に解決しないと……輪廻の終わりに辿り着けない」
「……本来なら魂が帰るはずの、安らかな場所へ」
局長が、静かに呟いた。
「そういうことだ」
白澤さんは頷いた。
しばらくして、白澤さんが静かに口を開く。
「ひとつ、はっきりさせておきたい」
僕たちは、白澤さんを見る。
「白乃の旦那の件は、白乃が原因の発端じゃない」
その声には、はっきりとした確信があった。
「彼の魂は、ただの貰い事故だ」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
「じゃあ、旦那さんの魂に付着したものは……」
白澤さんはすぐには答えなかった。




