小さな手がかり
僕たちは白乃さんに礼を言い、喫茶店を後にした。
扉を閉めると、九百年の記憶から現代へ引き戻されたような気がした。
「……すごい話でしたね」
初音さんが、ぽつりと言った。
「ええ」
僕も頷く。
「九百年前から、ずっと……」
初音さんの言葉に、僕は小さく頷いた。
九百年。
人間なら、到底生きることのできない時間だ。
けれど白乃さんだけじゃない。
白澤さんもまた、ずっと昔からこの土地で人と関わり続けている。
しばらく歩いてから、僕はふと足を緩めた。
「……そういえば」
「何ですか?」
「白澤さん、街の人から『年を取らない』って言われてるみたいです」
「あ……」
初音さんも思い出したように声を漏らした。
「そういえば、そんな話がありましたね」
「白乃さんから聞いたんですが、白澤さんって、定期的に名前や年齢を変えて、この辺りで引っ越しを繰り返しているみたいなんです」
「じゃあ、街の人たちは……」
「同じ人だって、気づいてるみたいです」
「え?」
「腕のいい先生っていうのが共通しているから、分かるらしくて」
僕は苦笑した。
「でも、誰も本人には確認しないそうです」
「どうしてですか?」
「……いなくなったら困るから、だそうです」
「……なるほど」
初音さんは、少し考えるように黙った。
「街の人たちなりに、白澤さんとの付き合い方を分かってるんですね」
「そうなのかもしれません」
人ではないと知っているのかもしれない。
それでも、あえて聞かない。
ただ、そこにいてくれればいい。
白乃さんが九百年もの間、人の世で生きてきたように。
白澤さんもまた、そんなふうにこの街と付き合ってきたのだろう。
そんな街の人たちと白澤さんの関係を思いながら、僕はふと、今日聞いた話へ意識を戻した。
「……それで、今日分かったことですけど」
「はい」
「白澤さんが知りたかったのは、白乃さんの旦那さんのことでしたよね」
僕は足を緩めた。
「そうですね」
「その中で分かったのは……白乃さんが、転生した旦那さんを見つけ続けているということ」
「……はい」
初音さんも、何かを考えるように黙り込む。
「けれど、それだけじゃない――」
僕はそこで言葉を止めた。
旦那さんは何度も生まれ変わっている。
そして白乃さんは、そのたびに彼を見つけて、また一緒に暮らしてきた。
「……その繰り返しの中で、何かが起きているんじゃないかってことですか?」
「たぶん」
僕は、少し考えてから頷いた。
「何度も生まれ変わっていることも。白乃さんが、そのたびに彼と一緒に暮らしてきたことも……何か関係しているのかもしれません」
「……ですよね」
僕は頷いた。
白澤さんは言っていた。
あの人の魂には、今回の異変と同じ『痕跡』がある。
なら――。
九百年もの間、何度も生まれ変わり、そのたびに白乃さんと出会い直してきたことにも、何か意味があるのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥に小さな違和感が残った。
僕はまだ、何か大切なことを見落としている。
そんな気がしてならなかった。




