何度でも
白乃さんは、遠い記憶を探るように目を細めた。
「少し変になったのよ」
「変に……?」
「ええ」
白乃さんの声が、わずかに低くなる。
「それまでのあの人は、普通だったの。人間として生まれて、人間として歳を取って……私より先に亡くなる。それを何度も繰り返していたわ」
「……」
「でも、ある頃からね」
白乃さんは、カップの中のコーヒーを静かに見つめた。
「生まれ変わったあの人の身体が、少しずつ弱くなっていったの」
「身体が……?」
初音さんが小さく聞き返す。
「ええ」
白乃さんは頷いた。
「最初は、たまたまだと思ったわ。病気になることだって、人間なら珍しくないでしょう?」
「そうですね」
「だから、気にしなかった」
白乃さんは淡々と続ける。
「次に見つけた時も、身体があまり丈夫じゃなかった。でも、それでも普通に暮らしていたし、一緒に過ごすこともできた」
「……」
「だから、その時もまだ、何も思わなかったのよ」
「では……いつ頃から、おかしいと思うようになったんですか?」
僕が尋ねると、白乃さんは少しだけ考えるように黙った。
「何度目かの生まれ変わりから、そういうことが続くようになって……五回、六回と重なる頃には、さすがにおかしいと思ったわ」
「そんなに……」
「ええ」
白乃さんは苦笑する。
「生まれ変わるたびに、少しずつ身体が弱くなっていくの」
「それは……偶然にしては、続きすぎていますね」
「そうなのよ」
白乃さんは小さく息を吐いた。
「でもね。私は、それでもあの人を探した」
「……」
「身体が弱くても、病気を抱えていても。見つけたら、また一緒に暮らしたかったから」
その言葉には、迷いがなかった。
「そして、前回のあの人は――」
白乃さんの表情が、ほんの少しだけ曇る。
「車椅子で生活していたわ」
「……」
「それでも、優しい人だった」
白乃さんは、少しだけ笑った。
「私のことを大切にしてくれた。昔のあの人と同じようにね」
「何歳で……亡くなったんですか?」
初音さんの声が、少し小さくなる。
「三十八歳よ」
「……三十八歳」
「ええ」
白乃さんは静かに頷いた。
「人間としては、まだ若かったわね」
そこで一度、言葉が途切れる。
「でも――」
白乃さんは、窓の外へ目を向けた。
「私は、それでもまた探したの」
「……また?」
「ええ」
その答えに、僕は息を呑んだ。
「だって、死んだから終わりなんて……私は思えなかったもの」
静かな沈黙が流れる。
「——今の彼も、もう見つけているわ」
「……もう、見つけているんですか?」
僕が思わず聞き返すと、白乃さんは頷いた。
「ええ。今、三歳よ」
「三歳……」
初音さんが目を丸くする。
僕は、しばらく言葉が出なかった。
三歳。
そんな幼い子が、白乃さんの探していた人なのだという。
「そんな小さい頃から、分かるんですか?」
「分かるわ」
白乃さんは、迷いなく答えた。
「顔も違うし、声も違う。でも、見れば分かるの。」
「じゃあ……もう会ったんですか?」
「まだよ。」
「どうしてですか?」
僕が尋ねると、白乃さんは自分の頬に指を添えた。
「今の私は、まだこの姿でしょう?」
「……あ」
「三歳の子からしたら、知らないおばさんが突然近づいてきたら怖いでしょう?」
白乃さんは、少し困ったように笑った。
「今回の彼も……身体が弱いみたい。近所の人に聞いたら、予定よりずっと早く生まれてきたそうよ」
悲しそうな顔をして呟いた。
「……会いたくないんですか?」
「会いたいわよ」
白乃さんは、少しだけ笑った。
「今すぐ抱きしめたいくらい」
「……」
「でもね。あの子には、あの子の時間があるでしょう?」
白乃さんは窓の外を見る。
「私が待てばいいだけの話だもの」
そう言って、白乃さんはゆっくりとこちらへ視線を戻した。
そして――なぜか、僕ではなく初音さんを見る。
「……?」
初音さんが首を傾げる。
白乃さんはそのまま、僕と初音さんを交互に見た。
「……あら」
「……何ですか?」
嫌な予感がした。
「ううん」
白乃さんは、ふっと笑う。
「やっぱり、似てるなぁと思って」
「……何がですか?」
「良治くんと初音ちゃん」
「え?」
僕と初音さんは、同時に白乃さんを見る。
「二人とも、さっきから妙に息が合ってるでしょう?」
「いや、それは……」
「それに――」
白乃さんは、少し楽しそうに目を細めた。
「初音ちゃん、良治くんのことをよく見てるもの」
「えっ」
初音さんの頬が、みるみる赤くなる。
「白乃さん、それは違います!」
「あら、そう?」
「そうです!」
「ふふっ」
白乃さんは楽しそうに笑った。
「私はてっきり、二人もそういう仲なのかと思っていたわ」
「……」
「……」
僕と初音さんは、同時に黙り込んだ。
「……違いますからね」
やがて初音さんが、真っ赤な顔で呟いた。
「分かってるわよ」
白乃さんは楽しそうに笑った。
それ以上は何を言っても余計に誤解されそうだったので、僕たちは苦笑しながら席を立った。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ。話を聞いてくれてありがとう」
白乃さんは、ふっと笑った。
「久しぶりに昔のことを思い出せて、楽しかったわ」
そう言って、時計へ目を向ける。
「さて……そろそろお店も再開しないとね」
白乃さんは、いつもの穏やかな笑顔で僕たちを見送ってくれた。




