白乃さんの人生
そう決めたものの、いざ店へ向かうとなると、僕は少し緊張していた。
何をどう聞けばいいのか。
どこまで踏み込んでいいのか。
初音さんと相談しながら、結局、これといった質問を決めないまま喫茶店を出た。
「まあ、白乃さんなら、普通に話してくれると思いますよ」
隣を歩く初音さんが、そう言って笑う。
「そうですか?」
「はい。白乃さん、昔のことを話すの、嫌いじゃないですから」
「……そうなんですね」
それなら、少しだけ気が楽になった。
僕たちはそのまま、白乃さんの店へ向かった。
店の前まで来ると、ちょうど二人組の女性客が扉から出てきた。
僕たちと入れ違うように店を離れていく。
扉を開けると、カラン、と小さなベルが鳴った。
「あら、良治くん。初音ちゃんも」
カウンターの向こうから、白乃さんが顔を上げる。
どうやら、先ほどの二人が最後のお客さんだったらしい。
「こんにちは、白乃さん」
「こんにちは。急にお邪魔してすみません」
「いいのよ。二人で来るなんて珍しいわね」
白乃さんはそう言いながら、僕と初音さんを交互に見た。
その目元には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
僕たちはカウンター席に座った。
今の時間はお客さんは誰もいなかった。
「今日は、ちょっと白乃さんに聞きたいことがあって」
「あら。何かしら?」
僕が答えるより先に、初音さんが口を開いた。
「白乃さんの昔のお話を、少し聞かせてもらえませんか?」
「私の?」
「はい」
白乃さんは一瞬だけ目を瞬かせた。
けれど、驚いたというより、何かを考えるように僕たちを見る。
「どうしたの? 突然」
「社会勉強のためです」
僕が苦し紛れにそう言うと、白乃さんは一瞬黙った。
それから――僕と初音さんをもう一度見比べる。
「……社会勉強、ねぇ」
「はい」
僕が頷くと、白乃さんは口元に小さな笑みを浮かべた。
「二人で来て、私の昔話を聞きたいなんて……まあ、仲良くなったものね」
「え?」
「いえ、何でもないわ」
白乃さんは楽しそうに笑った。
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
白乃さんはそう言って、カウンターの奥へ向かった。
「二人とも、何か飲むでしょう?」
「あ、はい」
「お願いします」
「今日は何にする?」
「僕はコーヒーで」
「私も同じもので」
「はいはい。ちょっと待っててね」
白乃さんが慣れた手つきでコーヒーを淹れ始める。
店の中に、ふわりと香ばしい香りが広がった。
ほどなくして、白乃さんが僕たちの前にカップを置いてくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
僕はカップを手に取り、立ち上る湯気を眺めた。
こうしていると、これから少し踏み込んだ話をするということが、少しだけ遠いことのように感じられる。
白乃さんは扉の札を「営業中」から「準備中」に裏返して戻ってきた。
「それで――」
白乃さんが向かいの席に腰を下ろした。
「いいわよ。何が聞きたいの?」
「そうですね……」
僕は少し考えた。
「旦那さんとの出会いとか……」
「旦那との?」
「はい。どんな人だったのかとか、どうやって一緒になったのかとか」
「ああ……」
白乃さんは、懐かしそうに目を細めた。
「そうねぇ……」
カウンターに手をつき、少しだけ遠くを見る。




