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人外適応管理局 ―ようこそ、人と妖が暮らす街へ―  作者: 日旅こつめ


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魂に残る痕跡

白澤さんの表情が、先ほどまでとは違う真剣なものになる。

「槇尾くんに聞いてほしいことがある……私は以前から、別のことも調べていてね」

「別のこと?」

「ああ」

 白澤さんは紙束を軽く叩いた。

「白乃の旦那のことだ」

「……旦那さん?」

 白澤さんは、僕の反応を見て少しだけ目を細めた。

「旦那のことは?」

「いえ、以前に亡くなったと……それだけは」

「そうか」

 白澤さんは紙束をめくった。

「私はずっと、あの男の輪廻について調べていた」

「輪廻……?」

 白澤さんは、そこで一度言葉を切った。

「あの男は輪廻転生するたびに、毎回、白乃と出会い、添い遂げている」

「……毎回」

 思わず、言葉を失った。

 白乃さんと旦那さんに、そんな過去があるなんて思ってもみなかった。

「そう。人間の魂は、死んで終わりじゃない。生まれて、死んで、また生まれる。それを何度か繰り返す」

 白澤さんは一枚の紙を指先でめくった。

「けれど、永遠に繰り返すわけじゃない」

「……終わりがあるんですか?」

「ああ。人間の魂は、何度か輪廻を重ねる。多くても数回程度だ。その先には、魂の終点がある」

「……それが、普通なんですね」

「そう。人間の魂は、そう何度も生まれ変わるものじゃない」

 紙をめくる音だけが、静かな書斎に響いた。

「でも、あの人は少し違った」

「……どう違うんですか?」

「何度も生まれ変わるんだ」

「それだけなら……普通じゃないんですか?」

「いや」

 白澤さんは首を横に振った。

「普通の転生とは、少し違うんだよ」

 その声が、わずかに低くなる。

「あの男は……本来なら、とっくに輪廻を終えているはずなんだよ」

「……え?」

 思わず、声が漏れた。

「輪廻を……?」

「そう。もう、生まれ変わらないはずなんだ」

 僕は息を呑んだ。

 白澤さんは、手元の記録へ視線を落とした。

「私は最初、それを白乃との縁の強さと関係があるんじゃないかと思っていた」

「……違ったんですか?」

「それだけでは説明がつかなかった」

 白澤さんは、静かに顔を上げた。

「そして今回、あの二人を診たことで、ひとつ気になることが出てきた」

「……」

「もしかすると、あの人の魂が輪廻を繰り返していた理由にも……同じものが関わっているのかもしれない」

 僕の胸に、嫌な予感が広がっていく。

「……今回の異変と、同じものが?」

「まだ分からない。けれど……昔、白乃の旦那を診た時にも、あの二人と同じ『痕跡』が魂に焼き付いていたんだ」

 白澤さんは、はっきりと言った。

「だからこそ、調べたいんだ」

 診療所の窓から、朝の光が差し込んでいた。

「今回の異変と、あの人の輪廻。別々のことだと思っていた二つが、もし同じところから繋がっているのなら――」

 白澤さんは、そこで言葉を止めた。

「千年前から続いているものを、私たちは今まで見落としていたことになる」

 僕は、先日の局長の言葉を思い出していた。

 零れ落ちた思念。

 何かを引き寄せているかもしれない、千年前の名残。

 そして――

 千年前から、消えずに残り続けているもの。

「……白澤さん」

「ん?」

「旦那さんは……今、どこにいるんですか?」

 白澤さんは一拍置いて、静かに答えた。

「分からない」

 白澤さんは、古い記録を閉じた。

「最後に診た時から、私は追えていない」

「じゃあ……」

「だからこそ、白乃に聞いてきてほしいんだ」

 白澤さんは、少しだけ口元を歪めた。

「たぶん、きっと見つけてる」

「……見つけてる?」

「ああ。あいつのことだからね」

 その言い方には、呆れとも感心ともつかないものが混じっていた。

「……じゃあ、まだ確信はない?」

「私の勘だよ」

 白澤さんは、ほんの少し肩をすくめた。

「あいつが、何もせずに待っているとは思えないからね」

「……」

「だから、私のほうでも確かめてみるつもりだ」

「僕も手伝います」

 思わず口にすると、白澤さんが顔を上げた。

「……君が?」

「はい」

 しばらく、白澤さんは僕を見ていた。

 やがて古い記録へ視線を落とす。

「……本当なら、君に頼むようなことじゃないんだけどね」

「……」

「でも、私一人で追っていても間に合わないかもしれない」

 その言葉に、胸がざわついた。

「間に合わない……?」

「いや。今のは忘れて」

 白澤さんは顔を上げた。

「瀬尾くんも、今は朧の思念のことで手いっぱいだ」

「……」

「だから――頼むよ、槇尾くん」

「……え?」

「私一人で調べるより、君が話を聞くことで、分かることもあるかもしれない」

 僕は思わず姿勢を正した。

「白乃さんのところへ行ってきてほしい」

「白乃さんのところですか?」

「そう」

 白澤さんは腕を組んで僕を見る。

「ただし、余計なことは言わないこと。あいつが何を知っているのか、まず確かめてきてほしい」

「……分かりました」

「私が行くと……まあ」

 白澤さんは、ほんの少し眉を寄せた。

「言い合いになっちゃうからね」

「……」

 なんとなく想像できてしまった。

「それから――」

 白澤さんは一度言葉を切ると、ふっと肩の力を抜き、椅子の背もたれに体を預けた。

「初音くんにも、同席してもらって」

「初音さんに?」

「うん」

 そこでようやく、いつもの皮肉っぽい笑みが戻った。

「君一人だと、考えすぎて話を難しくするだろ?」

「それ、褒めてます?」

「まさか」

 即答だった。

 けれど、白澤さんはそのまま静かに窓の外へと視線を移す。

「……それに」

 声が、少しだけ柔らかくなる。

「初音くんには、白乃のそばにいてほしいんだ」

「……白乃さんの?」

「これから先——支えてくれる人が必要になるかもしれないからね」

 それ以上、白澤さんは何も言わなかった。

 僕には、その言葉の意味までは分からなかった。

 ただ――。

 今の白澤さんは、いつものひねくれた医者ではなかった。

 誰かに何かを託すことを、少しだけ怖がっているように見えた。

「……分かりました」

 僕は静かに頷いた。

「初音さんにも声をかけます」

「うん」

 白澤さんは、それだけ答えた。

 そして、もう一度だけ古い記録へ目を落とした。

「では、今日はこれで」

「ああ」

 それ以上、白澤さんは何も言わなかった。

 僕もそれ以上は尋ねず、記録に目を落としたままの白澤さんを一瞬だけ見つめる。

 そして、静かに書斎をあとにした。

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