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診療所へ
朝靄の残る街を歩きながらも、あの夜の話が頭から離れなかった。
十月に入り、早朝の空気には確かな秋の冷たさが混じっている。
路地裏の古い木造家屋の軒先からは、ほのかに金木犀の甘い香りが漂い、街路樹の桜の葉も、少しずつ黄色く色づき始めていた。
あれから、何日か経った。
けれど、局長から聞いた話は、僕の中から消えてくれなかった。
千年前、隠り世へ渡る時に零れ落ちた、朧さんのわずかな思念。
千年前のあの夜に零れ落ちた、朧さんのわずかな思念。
長い年月の中で何かを引き寄せ、いま人外たちに影を落としているのではないか。
それが、あの夜、局長から聞いた話だった。
けれど――それなら。
千年前のあの夜から置き去りにされたその思念は、いったい何を覚えているのだろう。
白澤さんに言われたことが、頭に残っていた。
まずは自分の身近にいる人たちの変化を見逃さないようにする。
与三郎さんと河野さんのその後が気になり、昨夜、白澤さんに連絡を入れた。
診療前なら時間を取れると言われたので、こうして朝から診療所へ向かっている。
冷たい風に首元をすくめる。
診療所は、もうすぐそこだった。




