街に残る思念
やがて局長が、短く答えた。
「実はね。僕が最初に異変に気づいたのは、先月なんだ」
「先月……?」
「似たような報告が、いくつか上がっていた。どれも小さな異変だったから、最初は偶然かと思っていたんだけどね」
局長は机の上の報告書へ視線を落とした。
「でも、今月に入ってから同じような報告が増え始めた。それで、本格的に調べることにしたんだ」
「その結果が……さっき話してくれた、朧さんの思念?」
「うん。まだ断定はできないけれど……その可能性は高いと思っている」
局長は静かに頷いた。
「だから、まず白澤さんに診てもらったんだ。身体そのものに原因がないか、確認するためにね」
「……外からの影響」
「そう」
局長は、少しだけ表情を曇らせた。
「まだ、思念がどういう形で影響を及ぼしているのかまでは分からない。けれど……このまま広がれば、街の人外たちにも何らかの変化が出るかもしれない」
胸の奥に、少しだけ重いものが沈んだ。
「……そうだったんですね」
何も知らされていなかったわけではない。
局長はずっと、この異変を追っていたのだ。
ただ、僕が知らなかっただけだった。
「まあ、だからといって今すぐ何かが起こるとは限らない」
局長は、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「でも、同じような症状が増えているなら、僕たちも動かなければならない。まずは、身近な人たちの変化を見逃さないこと。それだけでいい」
「……はい」
「サトリも十分用心すること。良治くんも、何か気づいたことがあったら教えてほしい」
「分かりました」
「はい」
僕は、もう一度窓の外を見た。
黒さんの姿は、どこにもない。
その横で、サトリさんは何も言わず、ただ静かに夜の街を見つめていた。
管理局の窓から見える街は、いつもと何も変わらない。
人が歩き、店には明かりが灯り、いつもと同じ夜がそこにある。
けれど――。
そのどこかに、千年前から残された思念がある。
そして今、それは少しずつ、この街に影響を及ぼしているのかもしれない。




