千年前の記憶
大きな月が、今にも落ちてきそうに思えた。
外にいるはずなのに、風はない。
木々の葉さえ音を立てず、ただ遠くで薪の爆ぜる音だけが、静かな夜に小さく響いている。
千年前。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返されていた。
目の前にいる局長が、千年前にはまだ人間だった。
そして、この場所で人間であることをやめた。
今まで、局長が長く生きる人外であることは知っていた。
けれど、その始まりについて、僕は何も知らなかった。
僕自身、人よりは長く生きている。
局長やこだまのおかげで現世に戻ってきて、自分も少しずつ成長しているつもりだった。
それでも――僕はまだ、知らないことばかりなのだ。
自分のことも。
この世界のことも。
そして、目の前にいるこの人が、千年前に何を見て、何を選んだのかも。
「……良治くん」
隣に立つ局長が、ぽつりと口を開いた。
「少し、昔話をしようか」
「昔話……ですか?」
「ああ。私が、どうして人外になったのか」
その言葉に、僕は思わず局長を見る。
いつもは自分のことを「僕」と呼ぶ局長が、今は「私」と言っている。
その小さな違いが、妙に印象に残った。
目の前にいるのは、いつもの瀬尾局長ではない。
千年前、まだ人間だった頃の彼が、少しだけ顔を覗かせているような気がした。
「そして、どうしてこの場所を現世から切り離したのか……君に、それを話しておこうと思う」
「局長が、人外になった時の話……」
「ああ」
少し間を置いて、局長は続けた。
「すべての始まりは、千年前だった」
その声には、いつもの穏やかさとは違うものが混じっていた。
「私は、あの頃はまだ人間だったんだ」
「……あの頃」
「ああ。平安と呼ばれていた頃だよ」
その声には、千年前の記憶を確かめるような響きがあった。
「瀬尾局長……あなた、一体何者なんですか」




