二人の違和感
翌日の午後、僕たちは三人で白澤さんの診療所へ向かった。
与三郎さんと河野さんには、直接診療所へ来てもらうことになっている。
診療所までの車中、いつもなら穏やかに会話を交わす局長と白乃さんも、今日はどこか落ち着かない様子だった。
「できればねぇ、白澤には借りを作りたくないんだけどね」
白乃さんが、少しだけ不満そうに口を尖らせる。
「まあ、腕は確かだから」
「そこが余計に腹立たしいのよ」
そう言って、白乃さんは小さくため息をついた。
局長がくすりと笑う。
白乃さんが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば昨日、初音ちゃんが家に帰ってくるなり、妙にそわそわしていたわ。何かあったの?」
「あぁ……」
思わず声が漏れた。しまった、と思った時にはもう遅かった。
「何か私に聞きたいことがありそうだったわ。けれど、何度か口を開きかけては、結局何も言わずに飲み込んでしまって」
「……雪原さんらしいね」
局長は後部座席からそう言って笑った。
白乃さんはバックミラー越しに僕へ視線を向けた。
「良治くん、何か知ってるの?」
「さぁ……」
僕は前を向いたまま、曖昧に言葉を濁した。
口ではそう答えながらも、僕の頭には昨日、白澤さんから聞いた言葉が浮かんでいた。
――『あの女が優しいのはね、気に入った奴と……まあ、昔から変わらず待ち続けている奴に関わる事だけさ』
白乃さんは苦笑しながら、車の窓の外へ目を向けた。
診療所の敷地内に車を止めると、すでに二人の人影があった。
僕が先に車を降りると、こちらに気づいた与三郎さんが声をかけてきた。隣には河野さんも立っている。
「あ、槇尾さん」
一見しただけなら、二人ともいつも通りの姿に見えた。
「与三郎さん、今日もちゃんとしたスーツ姿なんですね。お仕事だったんですか?」
「ええ、仕事だったんですが――少し体調がおかしくて、急遽休ませてもらいまして」
人当たりの良さそうな笑みを浮かべる与三郎さんは、ビシッとスーツを着こなしていて、相変わらずどこから見ても勤勉な会社員にしか見えない。とても狸のあやかしだとは分からない姿だ。
その隣で、河野さんは少し寒そうに緑のウィンドブレーカーの襟を立てた。もともと青白い肌が、今日は輪をかけて白く見える。
遅れて車を降りてきた局長と白乃さんが、二人に歩み寄る。
「待たせてしまったね。二人とも、体調の方は大丈夫かい?」
局長はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、二人の顔色を覗き込んだ。
「ええ、まあ……倒れるような状態ではないですし、大げさかもとも思ったのですが」
河野さんは後ろに束ねた少し長い黒髪を指先で弄りながら、困ったように苦笑いを浮かべる。
「局長も白乃さんも、わざわざ来ていただいてすみません。……どうも最近、身体が重いというか、妙な違和感がありまして」
隣で与三郎さんも、どこか申し訳なさそうに頷いた。
「別に気にしなくていいのよ。……それより、外で立ち話もなんだし、中へ入りましょうか。白澤が中で待っているはずだから」
白乃さんは優しく目を細めて首を振ると、先頭に立って診療所の扉に手をかけた。




