薬草の香る診療所
その時、僕のスマホが鳴った。
画面を見ると、瀬尾局長からだった。
「はい、槇尾です」
『良治くん? 百目さんのところが終わったら、白澤さんのところに寄ってくれないかい?』
「白澤さんのところですか?」
『ああ。人外用の常備薬がいくつか切れそうでね。ついでに調合してもらってきてほしいんだ』
「もうすぐ出るところです。これから寄ってきますね」
『うん。すまないね。ありがとう』
通話を終えてスマホをポケットにしまうと、隣にいた初音さんが少し心配そうに僕を見た。
「局長さんからですか? 何か急用でも……」
「あ、いえ。人外用の常備薬を取りに、白澤さんのところへ行くことになりました」
「白澤さん……あ、白乃さんが時々お話しされている、あの診療所の?」
「そうです。初音さん、白澤さんには会ったことありますか?」
「いえ、お名前は伺っていますが、まだお会いしたことはなくて」
初音さんはそう言うと、持っていた鞄を小さく持ち上げた。
「実は朝、白乃さんから『もし診療所の近くに行く機会があったら届けてくれる?』って、このコーヒーの粉を預かっていたんです。ですので、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ええ、一緒に行きましょう。初めてだと……一癖ある方ですし」
僕がそう答えると、初音さんはどこか不思議そうに微笑んだ。
二人のやり取りを聞いていたサトリさんが、優しく声をかける。
「では、私は足りない事務用品の買い出しがありますので、お薬の件はお任せしますね。それと、伏見さんからいただいた秋の味覚も、白乃さんの分を分けておきますので、初音さん、帰りに取りに来てください」
「わかりました。では、後ほど局に取りに伺いますね」
「では、行ってきます。百目さん、瞬くん、また来ますね」
僕が声をかけると、奥からふたつの声が返ってきた。
「おぅ」
「またねー!」
サトリさんも柔らかく微笑みながら手を振る。
「はい。いってらっしゃいませ」
サトリさんと別れ、僕と初音さんは白澤さんの診療所へ向かって歩き出した。
百目さんの写真屋がある商店街を抜け、少し歩いたところで、街の喧騒が遠のいていった。
白澤さんの診療所は、街の中心から少し外れた場所にある。
「一癖ある方……なんですか、白澤さんって」
道中、初音さんが少し緊張した面持ちで尋ねてきた。
「ええ。腕はすごく確かなんですけど、口を開けば嫌味というか、何かと一言多い方なんです。白乃さんとも古くからの腐れ縁らしくて、顔を合わせるたびにお互い皮肉を言い合ってるみたいで」
「白乃さんと……なんだか想像がつかないですね」
「僕も最初はそう思いました」
そんな話をしているうちに、路地の奥に古びた木造の建物が見えてきた。
通り沿いの喧騒から少し離れた、静かな場所にひっそりと佇む診療所だった。軒下には乾燥させた薬草がいくつも吊るされ、辺りにはほのかに薬草の香りが漂っていた。
年季の入った看板には『白澤診療所』の文字が淡く残っていた。
近所では昔から知られた診療所で、普通の病院では原因の分からないような病を診てもらえる、と密かに頼りにしている人もいるらしい。
人間だけではない。
人の目を避けなければならないあやかしたちにとっても、ここは安心して身を預けられる数少ない場所だった。




