この街の日常
僕とサトリさんは、百目さんの写真屋へ向かっていた。
秋の風が、街路樹の葉をさらさらと揺らしている。
夏の頃とは違い、歩いていても汗ばむことはない。
空も高く、街全体が少しずつ秋の色に染まり始めていた。
商店街へ差しかかる。
商店街の角にある花屋では、愛想のいい女性店員が手際よく切り花の水揚げをしていた。
彼女は手にした花を一本ずつ確かめながら、茎の先を覗き込んでいる。
「今日は少し喉が渇いてるわね」
そんな独り言を呟きながら、花瓶の水を入れ替えていた。
彼女は、花の声を聞くことができる。
古い大木から生まれた樹木のあやかしである彼女にとって、花や木の命に寄り添うことは、ごく自然なことなのだろう。
楽しそうに花を世話する彼女の姿を横目に、僕たちはそのまま通りを進んだ。
その向かいにある古道具屋では、眼鏡をかけた青年が、店頭に置かれた柱時計の埃を丁寧に払っている。
あの青年は獏だ。
人の夢や記憶、その残り香を感じ取ることができる。
古い道具に触れるたび、そこに残された誰かの想いまで感じ取ってしまうらしく、ときどきうっとりと目を閉じている。
古道具屋という仕事は、そんな彼には案外向いているのかもしれない。
長い年月を経た道具には、それだけたくさんの人の想いが染み込んでいるからだ。
彼らは、特別なことをしているわけではない。
花を育てたり。
古道具を扱ったり。
人間の社会に紛れながら、誰にも気づかれないように、それぞれの暮らしを営んでいる。
人間から見れば、ただの花屋の店員であり、古道具屋の店主だ。
けれど、僕にはその正体が分かる。
そして――そんな光景も、いつの間にか僕にとっては当たり前になっていた。
ふと、前を歩いていた女性が振り返った。
「あら、槇尾さん」
「こんにちは、玉さん」
近所で何度か顔を合わせている、狸のあやかし――葉月玉さんだった。
「今日はお休み?」
「いえ。ちょっと百目さんのところまで」
「あら、写真屋さん? いいわねぇ。私も今度、孫の写真を撮ってもらおうかしら」
そう言って、彼女は人間らしい柔らかな笑顔を浮かべる。
「それ、すごくいいと思いますよ」
「ふふ、じゃあ今度行ってみようかしら」
そう言って、彼女は何事もなかったように人混みの中へ戻っていった。
僕はその背中を見送り、再び歩き出す。
花屋の女性も。
古道具屋の青年も。
玉さんも。
みんな、それぞれの場所で、この街の日常を生きている。
そんな光景が、今の僕にはとても愛おしく思えた。
――この日常が、ずっと続けばいい。
僕は、そんなことを考えていた。




