秋の便り
夏の暑さが、いつの間にか遠のいていた。
朝、窓を開けると、少しひんやりとした風が事務所の中へ流れ込んでくる。
蝉の声もすっかり少なくなり、代わりにどこか遠くから、秋の虫の声が聞こえるようになった。
「良治くん、ちょっと手伝ってもらえる?」
管理局の入り口から、瀬尾局長の声がかかる。
振り向くと、局長が大きな籠を抱えて事務所へ入ってくるところだった。
「これは……?」
「伏見さんから。秋の味覚だって」
籠の中には、艶のある葡萄や大きな梨、まだ土の香りが残るさつまいもがぎっしりと詰められている。
その一番上には、赤く色づいた林檎まで乗っていた。
「うわ……すごいですね」
「毎年この時期になると、届けてくれるんだよ。『人間もあやかしも、食欲の秋じゃ』って」
「伏見さんらしいですね」
僕が笑うと、隣で書類を整理していたサトリさんも顔を上げた。
「今年もたくさんありますね」
「サトリ、持って帰るよね?」
声よりも早く、サトリさんのパッと華やぐような思念が流れ込んでくる。
「えっ、いいんですか?」
「伏見さんが『みんなで食べろ』ってさ」
「伏見さん、顔も見せずに行っちゃったんですね……」
最近はスーパーで見かけるものの、忙しいのか、ゆっくり話す機会がない。
「入ってお茶でもどう? って言ったんだけどね」
局長が苦笑する。
「『忙しいから、今日はこれだけ置いて帰る! 今度は店に買い物に来い!』って言って、風みたいに去っていったよ」
「いつも買いに行ってるのに……」
「僕もだよ」
二人で顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「そうそう。雪原さんの働きぶりも褒めてたよ。人とも、だいぶ打ち解けたみたいだ」
「それは良かったです」
サトリさんも、嬉しそうに笑った。
窓の外では、風に揺れた木の葉が一枚、ひらりと舞っていた。
夏の名残を残しながら、季節は少しずつ秋へ向かっている。
季節が巡るように、僕たちの日常も少しずつ変わっていく。
そんな当たり前の変化を、僕は穏やかな気持ちで眺めていた。
「そういえば、あのカメラの子はどうしてる?」
局長が、ふと思い出したようにサトリさんへ尋ねる。
「必要な手続きも無事に終わって、百目さんの写真屋でお世話になっています。仮名も『波多野瞬』くんに決まりました」
サトリさんが嬉しそうに答える。
「今は、百目さんの所で暮らしながら、少しずつ人化の練習も始めたそうです。言葉も、だいぶ話せるようになりましたよ」
「ほう。それは順調だな」
「はい。最近は『撮るよ』とか『こっち』とか、写真を撮る時に一生懸命声を出すそうです」
「……随分、実用的な言葉から覚えたんだね」
「えぇ。百目さんが教えたみたいです」
サトリさんが楽しそうに笑う。
あの頃は、光を瞬かせたり、記憶の中の音を呼び起こしたりすることしかできなかった小さな付喪神が、今では少しずつ自分の言葉を手に入れようとしている。
そう思うと、僕まで嬉しくなった。
「僕、これから百目さんのところへ瞬くんの様子を見に行ってきます」
「なら私も一緒に行きます」
サトリさんが、嬉しそうに言った。
「そうか。なら、また成長した姿が見られそうだね」
「はい。どんなふうに人化の練習をしているのか、私も楽しみです」
そんな二人の会話を聞きながら、僕も自然と笑みを浮かべた。
あの小さなカメラが、今はどんな姿で写真屋にいるのだろう。
僕も、少しだけ楽しみになった。




