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人外適応管理局 ―ようこそ、人と妖が暮らす街へ―  作者: 日旅こつめ


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新たな兆し

「ただいま戻りました」

「おかえり。……随分、楽しそうだな」

 事務所に入ると、瀬尾局長が顔を上げた。

 今回の件を僕たちに任せて、ここ数日、局を不在にしていた。

「今回の件、どうだった?」

「報告が遅くなってすみません。無事に解決しました」

 僕は作成しておいた報告書を局長へ手渡す。

 局長はしばらく黙って報告書に目を通していた。

「そうだったか……」

 やがて、局長は小さく頷いた。

「それで、その付喪神さんはどうしたんだい?」

「今は、サトリさんと一緒にいます」

 僕は隣にいるサトリさんへ目を向ける。

「これからのことについては、釜吉さんに相談しました。人化や、人の世で暮らすための修行ができる場所を紹介してもらっています」

「うん。できることが増えれば、生き方の幅も広がるね」

「百目さんが営んでいる写真屋さんだそうです。そこで働きながら、いろいろ教えてもらえるかもしれません」

「なるほど。写真屋か」

 局長は、サトリさんの腕の中に収まっているカメラへ視線を向けた。

「それなら、この子にも合っているかもしれないね」

「はい」

 サトリさんが嬉しそうに頷いた。

「百目さんのところへ行くまでは、私が後見人として預かります」

 その言葉に、局長は穏やかに微笑んだ。

「君なら安心だ」

 そう言ってから、局長はカメラへ目を向ける。

「これから、いろいろなことをゆっくり覚えていけばいい。その上で、どんなふうに生きていくかは、その子自身が決めていけばいいさ」

 サトリさんの腕の中で、カメラのレンズが小さく光った。

 まるで、その言葉を聞いていたかのように。

 そして局長は、僕の隣に立つサトリさんへ視線を向けた。

「サトリ」

「はい?」

「よくやったね」

「……え?」

 サトリさんが、少し目を丸くする。

 局長はいつもの落ち着いた表情のまま、続けた。

「あの子が自分の気持ちを伝えられたのも、波多野さんがお父さまの想いを受け取れたのも、君が間に入ってくれたからだろう」

「私は……ただ、この子の声を聞いただけです」

「それが、君にしかできないことだったんだ」

 その言葉に、サトリさんはしばらく黙っていた。

「……ありがとうございます」

 やがて、少し照れたように微笑む。

 その瞬間、サトリさんから抑えきれないほどの温かな思念が溢れ出した。

 それを感じて、僕も自然と頬が緩む。

「それに」

 局長が、ふっと目元を和らげた。

「君も、ずいぶん変わった」

「……はい」

「昔は、自分の力を怖がっていたのに」

 サトリさんは、少しだけ目を伏せる。

「今では、その力で誰かの心に寄り添っている。僕は嬉しいよ」

「……ありがとうございます」

 サトリさんの瞳が、わずかに潤んだ。

「これからも、その力を大切に」

 サトリさんは深く頭を下げた。

「はい。大切にします」

 顔を上げたサトリさんは、穏やかに微笑んでいた。

 そこに、かつて自分の力を恐れていた頃の面影は、もうない。

 自分の力で誰かと心を通わせることを知った、一人のあやかしの笑顔だった。

 僕はそんな彼女を見ながら、胸の奥が静かに温かくなるのを感じていた。

 ――きっと、これからも。

 僕たちは、誰かから受け取った温もりを、また次の誰かへ渡していくのだろう。


 

 その日の夜。

 人外適応管理局の事務所には、まだいくつかの明かりが残っていた。

 瀬尾は、一人、窓の外を眺めていた。

 今日も大きな事件はなかった。

 人外と人間の小さな行き違いがあり、誰かが困り、誰かが手を差し伸べる。

 いつもと変わらない一日だった。

 けれど――。

 瀬尾は、机の上に置かれた報告書へ目を落とした。

 最近、妙に似た報告が増えている。

 一つひとつなら、珍しくもない小さな出来事だ。

 けれど、それが別々の場所で、別々の人外たちの間で起きている。

「……偶然、か」

 そう呟きながら、一枚の報告書を指先で軽く叩いた。

 長くこの世界を見てきたからこそ分かる。

 こういう小さな違和感は、何もなければ、それぞれ別々の出来事として消えていく。

 だが――。

 重なり始めた違和感を、見過ごしてはいけない。

 瀬尾は、しばらく黙って窓の外を見つめていた。

 夜の街は、何も知らないまま静かに眠り始めている。

 けれど、その静けさの向こう側で。

 何かが、少しずつ動き始めていた。

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