心を通わせる力
帰り道。
夕暮れ色に染まる街並みを歩きながら、サトリさんは腕の中のカメラを慈しむように見つめていた。
「……この子を見ていると、少し前の自分を思い出します」
「昔の……サトリさんを?」
僕が尋ねると、サトリさんはふっと足を止め、遠くの空を見つめた。
「幼い頃の私は……自分の力も、心の扱い方も分からず、ただ怯えて過ごしていました」
夕暮れの風が、サトリさんの髪をそっと揺らす。
「周囲の人の声が勝手に流れ込んできて、自分の心の声まで漏れ出してしまう。どうしていいのか分からなくて……ずっと固まっていたんです」
サトリさんは、少しだけ目を伏せた。
「言葉もうまく使えず、ただ光や音を鳴らすことしかできなかった、この子のように……私も、自分の居場所を探して、途方に暮れていました」
けれど、その声にはもう、当時の怯えはなかった。
「そんな私を優しく受け止めてくださったのが白乃さんで……温かく迎えてくださったのが、瀬尾局長だったんです」
サトリさんは、腕の中のカメラへ目を落とす。
「この子も、きっとこれから同じように、少しずつ自分の居場所を見つけていくんでしょうね」
「……そうですね」
「だから……」
サトリさんは、カメラのボディをそっと撫でた。
「皆さんからいただいた温もりを、今度は私がこの子に渡してあげたかったのかもしれません」
白乃さんや瀬尾局長。
そして――僕や初音さん。
サトリさんは僕のほうを振り返り、柔らかく微笑んだ。
「私に居場所をくれた皆さんのように、この子にも、安心していられる場所が見つかって……本当に良かったです」
その笑顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
自分の力を恐れていた彼女は、いつの間にか、その力で誰かの心に寄り添っている。
かつて自分が受け取った温もりを、今度は別の誰かへ渡している。
それはきっと、サトリさんが歩いてきた時間そのものなのだろう。
「……良治くん」
「はい?」
「今の私は、自分のこの力が少しだけ好きになれたんですよ」
サトリさんは、少し照れたように笑った。
「こうして、大切な人たちと心を通わせることができますから」
その言葉に、僕の胸の奥にも温かなものが広がっていった。
以前は、ただ自分を苦しめるだけだと思っていた力。
けれど今は、その力が人と人を繋ぎ、誰かから受け取った想いを、また次の誰かへ渡している。
僕たちは、そのまま管理局へ戻った。
夕暮れの街には、もうすぐ夜が訪れようとしていた。
けれど――その帰り道は、不思議なくらい温かかった。




