新しい『今』を写して
それからしばらくして、僕とサトリさんは白乃さんの喫茶店を訪れていた。
あれから波多野さんは、予定通り信之さんの家を手放した。
けれど――家を手放したからといって、そこで過ごした時間まで消えてしまうわけではない。
あの日、見つけ出した一枚の写真。
少し歪んだ構図の中で、家族みんなが笑っている。
いつもカメラの向こう側にいた信之さんも、そこにはちゃんと写っている。
その写真は今、波多野さんの家のリビングに、大切に飾られているそうだ。
家はなくなっても、そこにあった笑い声も、夏の日の陽射しも、家族と過ごした時間も――消えることはない。
波多野さんから届いたお礼状には、こんな言葉が添えられていた。
『あの家がなくなっても、あそこで過ごした時間やみんなの笑い声は、ずっと私の中にあります。大切な時間を思い出させてくれて、本当にありがとうございました。またいつか、あのカメラに写真を撮ってもらいたいと思います。あの子をよろしくお願いします』
白乃さんの店で手紙を読み終え、僕がそっと息をつくと、カウンターの奥から初音さんが温かいお茶を運んできてくれた。
「よかったですね、良治さん」
「ええ。本当に良かったです」
そう答えてお茶を一口飲んだところで、初音さんがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、良治さん。私、少し前にハツさんの子孫の桜さんに会いに行ったんです」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「桜さんに……ですか?」
「はい」
初音さんは嬉しそうに頷いた。
「以前、良治さんに話を聞いてもらってから、ずっと一度お会いしてみたいと思っていたんです。だから……思い切って会いに行ってきました」
「そうだったんですね」
「とても驚かれていました。けれど……『次に会う時には、もう険しい雪山を登らなくていいんですね』って」
初音さんの表情には、どこか懐かしむような、それでいて新しい何かを見つけたような柔らかさがあった。
「これからは、いつでも会えますね」
「ええ。……お友達になりました」
誇らしそうに、けれど少し照れくさそうに微笑む初音さん。
その笑顔を見ていると、僕の胸の奥にも温かな灯火がともるようだった。
かつて途切れてしまったように思えた想いが、時を越えて、今は新しい関係として静かに結び直されている。
「……本当に、良かった」
僕が重ねて微笑むと、初音さんは嬉しそうに小さく頷いた。
お茶を一口すすり、ふと窓際へ目を向ける。
そこでは、柔らかな日差しを浴びながら、サトリさんが嬉しそうに僕たちへカメラを構えていた。
カシャリ。
静かなシャッター音が店内に響く。
カメラに宿った付喪神も、サトリさんの手の中で、なんだか誇らしげにしているようだった。
「サトリちゃん、上手に撮れた?」
白乃さんが尋ねる。
サトリさんは小さな口元をふっと緩め、満足そうに頷いた。
「はい。とっても素敵な……『今』が撮れました」
その言葉に、僕は思わずカメラを見る。
かつて、このカメラが撮ってきたのは、信之さんが残しておきたかった一瞬一瞬だった。
けれど、これからは違う。
信之さんが残した温かな想いを抱えながら、この子自身が新しい時間を見つけ、新しい笑顔を残していく。
そんな未来が、静かに始まったのだ。




