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人外適応管理局 ―ようこそ、人と妖が暮らす街へ―  作者: 日旅こつめ


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夏の終わりの相談

 管理局の日常は、いつものように静かに流れていた。

 八月も終わりに近づいていた。

 日中の暑さはまだ厳しいものの、朝夕にはほんの少しだけ、夏の盛りとは違う涼しい風を感じるようになっていた。

「そういえば、良治くん」

 書類を整理していたサトリさんが、ふと思い出したように顔を上げた。

「この前のうなぎ、とても美味しかったですね。ありがとうございました」

「ああ……あれですか」

 僕は苦笑した。

「美味しかったですけど……僕、結局買わされたんですよね」

「ふふ。でも、良治くんが買ってくださったおかげで、私も局長も一緒に食べられましたし」

「……まあ、そうなんですけど」

 僕がちらりと局長へ視線を向けると、瀬尾局長は手元の書類から顔を上げた。

「僕は忠告したからね」

「分かってますよ」

「でも、うなぎは美味かったな」

 その言葉にサトリさんが小さく笑う。

「はい。とても美味しかったですね」

 あの時は、伏見稲葉さんに勧められるまま、半ば押し切られるようにして買うことになったうなぎだった。

 けれど、いざ三人で食べてみれば、暑さの続く時期にはちょうどいい贅沢だった。

「……まあ、また食べてもいいですけどね」

 僕がそう呟くと、サトリさんが嬉しそうに微笑んだ。

「では、次は私も少しお手伝いします」

「それなら助かります」

「……僕は手伝わなくていいのかい?」

 局長が静かに尋ねる。

「局長は……食べる係で」

「うん、わかった」

 局長は躊躇もなく頷いた。

 思わず、僕とサトリさんは顔を見合わせて笑った。

 そんな他愛のない会話を交わしながら、僕は窓の外へ目を向けた。

 街路樹の葉が、夏の終わりを惜しむように風に揺れている。

 持田家の一件から、しばらく経った。

 その後も、僕は何度か持田家を訪れている。

 トヨさんは在宅での生活を続けながら、訪問介護や地域の支援を受けることになった。圭吾さんも仕事との両立に最初は苦労したようだが、周囲の助けを借りながら、少しずつ新しい暮らしを作っているという。

 そして千代さんは――今も変わらず、持田家にいる。

『最近はのう、圭吾の奴、仕事から帰ってくるとワシのところへ来るのじゃ。仕方がないから、少しだけ遊んでやっておる』

 会った時、少し得意げに胸を張っていた千代さんの顔を思い出す。

 トヨさんと圭吾さん、そして千代さん。三人が同じ屋根の下で暮らすようになったことで、あの家には以前よりもずっと多くの笑い声が戻ってきたらしい。

 

 そんな中でも、人間と人外が共に暮らすこの街の管理局には、様々な相談が舞い込んでくる。

 少し前にも、池に住むガマの親分――釜吉さんから相談を受けたばかりだ。

「最近はのう、近所の子どもらがワシの池にゴミを捨てていくだぁ。昔は魚や虫がようけおったのに、最近は空き缶ばっかりだぁ」

 そう溜息まじりにぼやいていた釜吉さん。

 体長は小さな子供ほどもあり、のっそりと岩の上に座り込む姿は、まさに「池の主」といった貫禄だった。

 人間の言葉を解し、街に生まれたばかりの小さな付喪神たちの面倒を見る、あやかしたちの頼れる相談役でもある。

「注意したいけども、人の姿になってもどうにも怖がられてしまってなぁ。やっぱりワシの顔は怖いのんかねぇ」

 人の世で暮らす人外にとって、人化は管理局が勧める必須技能の一つだ。もっとも、姿を人間に変えられたとしても、纏う雰囲気まで自由に変えられるとは限らない。

「それなら、人の姿で地域の清掃活動に参加してみるのはどうでしょうか。池を守りたいという気持ちは、きっと伝え方次第で子どもたちにも届くと思います」

 僕がそう提案すると、釜吉さんは大きな目を丸くしたあと、「……なるほどなぁ」と感心したように深く頷いた。

 以前の僕なら、池のゴミをどうすれば減らせるか、それだけを考えていたかもしれない。

 けれど、千代さんや初音さん、そして様々なあやかしたちと出会う中で、少しずつ考え方が変わってきた。

 釜吉さんが、この街でどう生きたいのか。

 それまで考えるようになっていた。

 守るというのは、ただ目の前の問題を解決することではない。

 その人が、その存在が、自分らしく生きられる場所を一緒に探すことなのだ。

 そう考えていた、その時だった。

 机の上の電話が、澄んだ音で鳴り響いた。

「はい、人外適応管理局。槇尾です」

『良治くん? 白乃よ』

 受話器から聴こえてきたのは、聞き慣れた穏やかな声。

「白乃さん。どうされましたか?」

『ええ、少しご相談したいことがあって』

 いつも柔らかな白乃さんの声。けれど、その奥にほんの少しだけ、迷っているような響きが混じっているのを僕は聞き逃さなかった。

『不動産屋の方で、とある古いお家の相談を受けたのだけれど……』

「家、ですか?」

『ええ。でもね……少し気になることがあるのよ』

 僕は背筋を伸ばした。

 白乃さんがわざわざ管理局へ連絡をくれる時は、きっとただの不動産相談ではない。

「すぐにお伺いしますね」

 電話を切ると、僕は机の上の書類を手早く整理し、瀬尾局長の元へ向かった。

「局長。白乃さんから、古い家について相談があると連絡がありました。これから伺って、事情を聞いてこようと思います」

 瀬尾局長は、手元の書類からふっと顔を上げた。

「わかったよ」

 少しだけ考えるように視線を落とし、それから静かに口を開く。

「サトリも一緒に連れていくといい。古い家なら、何か思念が残っている可能性もあるしね」

「サトリさんを、ですか?」

「ああ。白乃さんが『気になる』と言うくらいだから。念のため、二人で確認して来たら?」

「……分かりました」

 局長はそれ以上何も言わず、僕に小さく頷いた。

「気をつけてね」

「はい」

 どうやら今回の相談も、一筋縄ではいかないらしい。

 僕が声を掛けるため局長の席を離れると、サトリさんは自分の席で経費処理の作業をしていた……のだが、僕が近づくより早く書類をまとめ始めていた。

「サトリさん、これから――」

「白乃さんのところへ行くんですよね?」

 僕が言い終える前に、サトリさんが穏やかに微笑む。

「……やっぱり分かっていましたか」

『ええ。局長とお話しされているのが、聞こえてきましたから』

 サトリさんは手元の書類を揃えると、いつもの鞄を手に立ち上がった。

「準備はできていますよ。ご一緒します」

 こういう時のサトリさんは、いつもよりずっと頼もしく見えた。

「では、行きましょうか」

「はい」

 僕たちは連れ立って管理局を出た。

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