優しさの理由
その後、準備は順調に進み、圭吾さんはほどなくしてトヨさん、そして千代さんと同じ屋根の下で暮らし始めた。
圭吾さんは仕事と在宅介護を両立するため、訪問介護や地域の支援サービスも利用することに決めた。
圭吾さんは引っ越し後の出来事を笑い混じりに話してくれた。
『なんだか不思議なんですけどね。ここに来てから、良いことが続いてる気がするんですよ。仕事場もばあちゃんの家の近くの介護事業所へ異動になったり、近所の人が野菜を持ってきてくれたり。福引が当たったり』
けれど、僕には分かっていた。
それは、ただの偶然ではない。
ずっとこの家にいた、小さな座敷わらしが、今も変わらずこの場所を守っているのだ。
けれど――きっと、それだけではない。
千代さんが呼び寄せているのは、幸運そのものではなく、人と人との繋がりなのかもしれない。
管理局としても定期的な見守りを続けることになり、持田家の件は、ひとまず落ち着きを取り戻した。
それでも、僕の心には一つだけ引っかかっていることがあった。
千代さんが泣き崩れたあの日。
真っ先に駆け寄り、何も言わず抱きしめた初音さんの姿だ。
あの優しさは、どこから来るのだろう。
数日後。
僕は経過報告のため、白乃さんの喫茶店を訪れていた。
「今日は初音ちゃんがお店番してくれてるの」
白乃さんはそう言い残して、どこかへ出かけていった。
店内には僕と初音さんだけが残った。
持田家の一件が落ち着いた今だからこそ、ずっと胸に引っかかっていたことを聞いてみたいと思った。
初音さんが管理局に初めて来た時、僕はそれ以上踏み込まなかった。
けれど今なら分かる。
千代さんが涙を流したあの日、初音さんはただ慰めていたのではない。
まるで、何かを重ね合わせるように、その小さな身体を抱きしめていたのだ。
飲み物の準備を終えた初音さんへ、僕は静かに問いかけた。
「初音さん。あの時のお話、続きを聞かせてもらえませんか」
「あの時の……」
初音さんはその言葉を小さく繰り返し、はっとしたように目を伏せた。
しばらく静かな時間が流れる。
やがて彼女はゆっくりと顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
「そうですね。槇尾さんには、知っていただきたいと思っていました」
そして、湯気の立つカップをそっと両手で包み込むように持つと、静かに語り始めた。




