座敷わらしの住む家
カラン、と涼やかなベルの音が響く。
扉を開けると、いつものように白乃さんが穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
店内には焙煎した豆の香りがゆったりと漂い、窓際からは午後の陽射しが柔らかく差し込んでいる。
ゆったりとした時間が流れる店内は、買い物客で賑わうスーパーとはまるで別世界だった。
「あら、いらっしゃい。初音ちゃんもお疲れさま」
白乃さんは手際よくグラスへ氷を滑り込ませると、「アイスコーヒーでいいかしら?」と、僕たちの前に冷たいグラスを置いてくれた。
初音さんもほっとしたように肩の力を抜き、グラスに口をつける。
表面に浮かぶ結露が、夏の暑さをすっと忘れさせてくれた。
「そういえば、あの黒猫さん、今日もお店の前に来てましたよ」
僕がそう伝えると、白乃さんは嬉しそうに目を細めた。
「そう。また来てくれたのね。あの子、最近すっかりこの店がお気に入りなのよ」
その笑顔は、常連のお客さんの話をしているときのように自然だった。
ふと、白乃さんが僕の手に提げた大きな袋へ視線を向ける。
「良治くん、その袋……まさか」
「はい。伏見さんに勧められて……」
「あらあら。また負けちゃったのね」
隣で初音さんまで肩を揺らしてくすりと笑った。
僕は伏見さんから買わされたうなぎの袋を足元の荷物置きへそっと置くと、カウンター越しに白乃さんへ向き直った。
「白乃さん。実は今日は、少しご相談があって伺いました」
白乃さんはふきんで手元を拭うと、興味深そうに首を傾げて僕の顔を覗き込む。
「実は、管理局に座敷わらしさんが相談に来られまして。事情があって今のお住まいを離れることになり、新しい住まいを探しているんです」
「座敷わらしちゃん、ねぇ……」
白乃さんは顎に手を添え、どこか懐かしむように目を細めた。
そして、カウンターの奥から小さなお盆を取り出し、僕たちの前へ置きながら、静かに口を開いた。
「座敷わらしはね、古い家だから住み着くというわけじゃないの。そこに笑い声があるか。誰かが『おかえり』と言ってくれる場所か……あの子たちは、そうやって『温かい家』を選ぶのよ。だから物件選びにも、少しコツがいるの」
その言葉に、僕と初音さんは思わず顔を見合わせた。
ただ雨風を凌げる物件を探せばいい、というわけではないのだ。
「……その座敷わらしちゃんと、一度お話しできるかしら?」
白乃さんの温かな問いかけに、僕は力強く頷いた。




