自分で決めたこと
◇
翌日。
管理局には、僕とサトリさん、白澤さん、それから白乃さんと初音さんが集まっていた。
局長からは、ただ一言。
――暁から話がある。
そう聞かされただけだった。
ソファには、暁が座っている。
見た目は、先日の外出から大きく変わっていない。
三歳ほどの、小さな子どもの姿のままだ。
けれど。
ほんの数日前まで、覚えたばかりの言葉を一つずつ確かめるように話していた暁は、今ではずいぶん自然に言葉を繋げられるようになっていた。
自分が何を感じているのか。
何をしたいのか。
それを、自分の言葉で伝えられるようになっている。
暁の隣には局長が座っていた。
白澤さんは向かいの椅子に腰を下ろし、腕を組んでいる。
白乃さんと初音さんも、その近くに並んで座っていた。
少し離れたところにはサトリさんがいて、僕もその隣に立っている。
誰も、すぐには口を開かなかった。
やがて。
暁が膝の上に置いていた手を、ぎゅっと握る。
「……あのね」
その声に、みんなの視線が集まった。
暁は一度だけ局長を見る。
局長は何も言わず、静かに頷いた。
それを見て。
暁はもう一度、みんなの方へ顔を向けた。
「わたし、隠り世に行く」
一瞬。
誰も、言葉を返せなかった。
「……え?」
最初に声を漏らしたのは、僕だった。
隣を見ると、サトリさんも驚いたように目を見開いている。
初音さんは口元へ手を当て、白乃さんも静かに暁を見つめていた。
白澤さんだけが、しばらく何も言わなかった。
やがて。
暁ではなく、局長へ視線を向ける。
「……瀬尾くん」
「僕が決めたんじゃないよ」
局長は静かに答えた。
「暁が、自分で決めたんだ」
白澤さんの視線が、暁へ戻る。
「そうなのか?」
「うん」
暁は頷いた。
「わたしが、きめた」
「……理由を聞いてもいいか」
「うん」
暁は膝の上で握っていた手を開く。
「ここ、すき」
ぽつりと。
けれど、しっかりとした声だった。
「せおも。りょうじも。サトリも。はくたくも」
それから。
「しろも、はつねも。みんな、すき」
白乃さんの目が、わずかに細められる。
「もっと、みんなといっしょにいたい」
「……暁ちゃん」
初音さんが小さく名前を呼んだ。
暁は一度、そちらを見て。
それから、自分の胸元へ手を置いた。
「でも、おぼろに会いたい」
事務所の中が静かになる。
「おぼろのこと、もっと知りたい」
「……」
「せおの気持ちも、つたえたい」
局長の表情が、ほんの少し揺れた。
「それから」
暁は少しだけ考えて。
「わたしのことも、おぼろに話したい」
「暁のことを?」
僕が尋ねる。
「うん」
暁が僕を見る。
「なまえ、もらったこと」
「……うん」
「みんなに会ったこと」
小さな顔に、少しだけ笑みが浮かぶ。
「たのしいのも。うれしいのも。たいせつも、知ったこと」
胸が、きゅっと締めつけられた。
ほんの少し前まで。
この子は、自分の名前すら知らなかった。
それが今は。
ここで知ったものを、自分の言葉で誰かに伝えたいと言っている。
白澤さんは、しばらく暁を見つめていた。
「……ここに残りたい気持ちはないのか?」
「あるよ」
暁は迷わず答えた。
「せおと、はなれたくない」
局長が目を伏せる。
「みんなとも、はなれたくない」
「それでも行くのか」
「うん」
暁は、はっきりと頷いた。
「わたしは、おぼろに会いに行く」
白澤さんは何も言わなかった。
しばらくして、腕を組んでいた手を解く。
「……そうか」
それだけ言って。
「なら、準備をしよう」
暁が瞬きをする。
「じゅんび?」
「ああ」
白澤さんは椅子から立ち上がった。
「そのままの状態で隠り世へ行かせるわけにはいかん」
白澤さんの目が、暁の中にある妖気を確かめるように細められる。
「お前の力を、隠り世へ渡れる程度まで抑える」
「……ふういん?」
「ああ」
暁は少しだけ不安そうな顔をした。
「いたい?」
「少しはな」
「……そっか」
暁は自分の手を見つめた。
それから。
「だいじょうぶ」
顔を上げる。
「わたし、やる」
その言葉に。
誰も、すぐには何も言えなかった。




