写真の中の居場所
それからしばらくして、僕たちは診療所を後にした。
白澤さんからは、今日はもう人の多い場所へ近づかないようにと言われた。
暁の妖気そのものは落ち着き始めている。
けれど、今日取り込んだものが、この先どう影響するのかはまだ分からないらしい。
「何か変わったことがあったら、すぐ連絡しろ」
「分かりました」
局長が答える。
白澤さんはいつものように素っ気なく頷いたあと、局長の腕の中にいる暁へ目を向けた。
「今日はもう休め」
「……うん」
「考えるのも後だ」
「……かんがえる?」
「今のお前には、考えることが多すぎる。今日は頭も休ませろ」
暁はよく分からないというように首を傾げた。
「だから今日は休め、ということだ」
「……そっか」
その返事を聞いて、白澤さんは小さく息を吐く。
「まったく。素直なのは今のうちだけかもしれんな」
「何の話ですか」
「独り言だ」
それだけ言って、白澤さんは診療所の奥へ戻っていった。
僕たちはそのまま管理局へ戻った。
帰り道の暁は、ずっと静かだった。
具合が悪いわけではない。
時々、空を見上げたり、道端の木へ目を向けたりもしている。
けれど、行きのように「あれは何?」と尋ねることはなかった。
局長に抱かれたまま、何かを考えている。
そんなふうに見えた。
局に戻ってからも、それは変わらなかった。
暁はいつものソファに座り、小さな足を揺らしながらぼんやりと窓の外を眺めている。
「暁、お水飲む?」
「……うん」
僕がコップを渡すと、両手で受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
言葉はいつも通りだった。
けれど、そのあとすぐに黙り込んでしまう。
少し離れたところでは、サトリさんも静かに暁を見守っていた。
いつもなら優しく声をかけるところだけれど、今日は何も言わない。
きっと、暁が自分の中で何かを考えていることに気づいているのだろう。
局長も、無理に話しかけなかった。
ただ暁から見える場所に座り、いつものように書類へ目を通している。
しばらく、そんな静かな時間が流れた。
――カラン。
やがて、入口のベルが鳴った。
「こんにちはー!」
元気な声が聞こえる。
「あれ?」
聞き覚えのある声に振り返ると、扉の向こうから瞬くんが顔を覗かせていた。
その後ろには百目さんもいる。
「瞬くん」
「できた!」
瞬くんは嬉しそうに、両手で封筒を掲げた。
「写真?」
「うん!」
その言葉に、暁が顔を上げる。
「……しゃしん」
「約束しただろう?」
百目さんが笑う。
「瞬がどうしても自分で届けたいって聞かなくてね」
「ぼくが撮ったから!」
瞬くんは胸を張った。
「はい!」
そう言って、暁の方へ駆け寄ろうとする。
「瞬くん」
局長がやんわりと声をかけた。
瞬くんが足を止める。
暁の周囲には、今も局長の結界が張られている。
先ほどのこともある。今は、できるだけ他の人外を近づけない方がいいのだろう。
「ここからでいいよ。僕が受け取るから」
「……うん!」
局長が瞬くんのところまで歩み寄り、差し出された写真を受け取った。
「ありがとう、瞬くん」
「うん!」
瞬くんは嬉しそうに笑った。
局長はそのまま、暁へ封筒を渡した。
「ほら。暁、写真だよ」
暁は両手で受け取り、少しだけ迷うように封筒を見る。
「開けてみる?」
「……うん」
暁はそっと中から写真を取り出した。
そこには――。
笑っている暁。
その隣で暁を見ている局長。
少し呆れたような顔をしている僕。
そして、少し離れたところで穏やかに笑っているサトリさん。
写真屋で見た、あの一瞬がそのまま残っていた。
「……」
暁は何も言わず、じっと写真を見る。
やがて、小さな指が写真の上を動いた。
「……せお」
「うん」
局長が答える。
「りょうじ」
「いるよ」
「サトリ」
「はい」
少し離れたところから、サトリさんが微笑む。
そして最後に。
「……あかつき」
暁は、自分が写っている場所へ指を置いた。
「そうだよ」
局長が優しく言う。
「暁もいるね」
暁は、しばらく写真を見つめていた。
「……みんな、いっしょ」
「うん」
「みんな……たいせつ?」
局長が少しだけ目を細める。
「そうだね。僕にとっては、みんな大切だよ」
暁は僕を見る。
次に、サトリさんを。
それから、もう一度局長を見る。
「……あかつきも?」
「もちろん」
その言葉を聞いて、暁は写真を胸元へ抱えた。
「……そっか」
小さな声だった。
けれど、その表情は少しだけ柔らかくなっていた。
今日、暁は人の悲しみを知った。
怖さを知った。
自分の力が誰かを苦しめるかもしれないことも知った。
それでも――。
写真の中には、笑っている暁がいる。
局長がいて。
僕がいて。
サトリさんがいて。
自分が「ここ」にいた時間が、確かに残っている。
暁は、しばらく写真を胸に抱いていた。
そしてふと。
写真を抱いたまま、その上から小さな手を胸元へ重ねる。
「……おぼろ」
誰に聞かせるでもないような、小さな声だった。
局長が顔を上げる。
けれど、暁はそれ以上何も言わなかった。
写真を抱いたまま、ただ静かに何かを考えていた。




