初めての一枚
僕たちは店の中へ入った。
以前と変わらない、少し懐かしい匂い。
壁にはたくさんの写真が飾られ、棚には古いカメラから新しいものまで様々な機材が並んでいる。
暁は興味深そうに辺りを見回していた。
「いっぱい……しゃしん」
「そうだよ」
「みんな、いる」
「うん。いろんな人の時間が残ってるんだ」
僕が答えると、暁はしばらく壁の写真を眺めていた。
その間に、瞬くんは慣れた手つきで三脚を動かしている。
カメラを取り付け、位置を確認し、少し下がって全体を見る。
「……本当に上手になりましたね」
サトリさんが感心したように言った。
「毎日やってるからねぇ」
百目さんが嬉しそうに笑う。
「最近じゃ、簡単な撮影なら私が何も言わなくてもできるようになったんだよ」
「瞬くん、すごいですね」
「うん!」
瞬くんは照れる様子もなく、大きく頷いた。
「写真、好き!」
「そうなんだ」
「笑ってるの、もっと好き!」
その言葉を聞いて、僕はふと以前のことを思い出す。
――笑ってる人。
どんな写真を撮りたいのかと尋ねた時、瞬くんはそう答えていた。
今も、その気持ちは変わっていないらしい。
「じゃあ、そこに並んで!」
瞬くんに言われ、僕たちは壁の前へ移動した。
局長が暁の隣に立つ。
僕はその反対側へ。
サトリさんは暁の結界に近づきすぎないよう、少しだけ間を空けて立った。
暁は僕たちの顔を順番に見上げる。
「……みんな?」
「うん」
局長が答える。
「みんなで撮るんだよ」
暁の表情がぱっと明るくなった。
「みんな、いっしょ」
「そうだね」
局長も柔らかく笑った。
「じゃあ撮るよ!」
瞬くんがカメラを構える。
「笑って!」
言われた暁は、きょとんとした。
「……わらう?」
「こう!」
瞬くんがカメラの向こうで、にっと大きく笑ってみせる。
暁も真似をして口元を持ち上げた。
「……こう?」
「うーん」
瞬くんが首を傾げる。
「何か違う?」
僕が尋ねる。
「ちがう」
「違うんだ」
「うん。むりしてる」
思いがけない言葉だった。
百目さんが、少し驚いたように瞬くんを見る。
瞬くんはカメラを構えたまま、暁を見つめた。
「笑いたいときに、笑って」
「……わらいたいとき?」
「うん!」
暁は少し考えるように首を傾げた。
「無理に笑わなくてもいいんだよ」
局長が優しく言う。
「暁は暁のままでいいから」
「……うん」
暁が頷く。
その時だった。
「良治くん、もう少しそっちに寄れる?」
「僕ですか?」
「うん。顔が半分隠れてる」
「えっ」
慌てて動いた僕の足が、近くに置かれていた椅子へぶつかる。
「いたっ」
「あはは!」
局長が吹き出した。
「局長、笑わないでくださいよ」
「ご、ごめん。でも良治くん、相変わらずだね」
「何がですか」
「りょうじ、いたい?」
暁が僕を見る。
「ちょっとだけね」
そう答えた瞬間。
「ふふっ」
暁が笑った。
小さな、自然な笑顔だった。
――カシャ。
シャッター音が響く。
「あっ」
「撮った!」
瞬くんが嬉しそうに顔を上げた。
「今の、いい!」
「今のって……」
僕が苦笑すると、百目さんが瞬くんのカメラを覗き込む。
「おお。これはいいねぇ」
「見たい!」
暁が身を乗り出す。
瞬くんは嬉しそうにカメラの画面を見せた。
そこには――。
笑っている暁。
その隣で暁を見ている局長。
少し呆れた顔の僕。
そして、少し離れたところで穏やかに笑っているサトリさん。
みんなが写っていた。
「……これ」
暁が画面に小さな指を近づける。
「せお。りょうじ。サトリ……あかつき」
「うん」
局長が頷いた。
「みんな写ってるね」
「……みんな、いっしょ」
「そうだよ」
暁は、しばらく写真を見つめていた。
それから、とても嬉しそうに笑った。
「これ、ほしい」
「もちろん!」
瞬くんがすぐに答える。
「ちゃんと写真にする!」
「しゅんが?」
「うん!」
瞬くんは胸を張った。
「ぼくが、撮ったから!」
その姿を見て、暁も嬉しそうに笑う。
二人を見ながら、僕はふと思った。
少し前まで、自分の気持ちを伝えることさえ難しかった瞬くん。
今では自分の手で誰かの時間を残し、誇らしそうに笑っている。
そして暁もまた――。
今、自分の知らなかった世界を、一つずつ知り始めている。
「よし。じゃあ、一枚印刷しておいてあげよう」
百目さんがそう言うと、暁の顔が明るくなる。
「ほんとう?」
「ああ。できたら、あとで局に届けてあげるよ」
「……たのしみ」
暁は嬉しそうに笑った。




