1-8. 二人の日々
森小屋での療養も七日目の朝を迎えていた。
カイウスは鳥の声で目を覚まし、寝台から身を起こす。今日も炉の前にリアがいた。鍋を覗き込んで火加減を見ている。
寝台が軋むと彼女はすぐに振り返った。目が合うなり、頬がぱっとほころぶ。
「おはようございます、カイウスさん。今日もいい天気ですよ。怪我の具合はいかがですか?」
「あぁ、おはようリア。お陰でだいぶ調子がいいよ。そろそろ薪割りくらいは手伝えそうだ」
「あ、またすぐ調子に乗る。無理はしちゃ駄目ですよ」
すかさず人差し指が立つ。
「傷が開いたらどうするんですか。アレシア草の塗り薬、朝食のあとに塗りますからね」
「はいはい」
「はい、は一回でお願いします」
少しだけ眉を寄せてからリアは炉へ戻っていく。その足取りが弾んでいるのは、たぶん気のせいではない。
カイウスも寝台を降り、リアの隣から鍋を覗き込む。
「おお……今日も美味そうだな」
「木の実と香草を入れた麦粥です。この実、煎ると香ばしくなるんですよ」
リアは得意げに匙ですくって見せた。芳ばしい匂いが空腹を刺激する。
「カイウスさんはこういう味が好きかなって。ちょっと焦がしちゃいましたけど」
「よく分かったな。たしかに俺好みって感じだ」
「ほんとですか?」
「ああ。今すぐに食べたいくらいだよ」
リアの目尻がふにゃりと下がる。
「よかった。そう言ってもらえると、わたしも嬉しいです」
ただ食事を褒めただけなのに、彼女はいつも嬉しそうに笑う。こんなやり取りが、いつしか二人の当たり前になっていた。
雨の日には、囁くような雨音の中、リアが家の隅に積まれた本を読んでくれた。彼女の愛読書が王女と騎士の恋物語だと知ったのもそのときだ。
「どうせ二人は結ばれるんだろ」。カイウスが茶化すと、「それがいいんです。わたし、ハッピーエンドしか認めませんから」と真顔で返された。あまりにも真剣な目をするので、カイウスは笑うに笑えなかった。
晴れた日は、玄関前で薬草を仕分けたり、畑仕事をしたりした。土からミミズが這い出すと、リアが「ひぃ」と悲鳴を上げる。腹を抱えて笑うカイウスを、彼女は頬を膨らませて睨みつけた。そのあとしばらくは素っ気なかったが、夕食の頃には二人でその話を笑い合っていた。
風の強い日には、軒先に干していた薬草が飛ばされた。肩を庇いながら拾うカイウスは、屈むたびに妙な呻き声を漏らす。自分でもおかしくなって吹き出すと、リアもつられて笑い出した。拾い終える頃には、二人とも腹を抱えていた。
ほんの一週間。それでも、リアは随分変わった。
初めは何をするにも一歩引き、カイウスの顔色を窺っていた。それが今では、薬の調合がうまくいった日には長身を少し屈め、頭を撫でてほしそうに近づいてくることもある。
仕方ないなと撫でてやると、リアはそっと目を細めた。その顔を見ると、カイウスもつい手を止められなくなった。
誰かと食卓を囲み、他愛ないことで笑う。そんな時間を宝物のように受け取る彼女の純朴さが、カイウスにはたまらなくいじらしかった。
それでも彼女は、「ずっといてほしい」とは言わない。怪我の具合を尋ねるときも、歩けるようになったときも、包帯が取れたときでさえ、「よかったです」と笑う。
ただ笑顔のあと、一瞬だけ唇を引き結ぶことが増えてきた。何かを言いかけて、飲み込んでいるように見えた。
カイウスは旅の傭兵だ。傷が癒えれば、ここを去る。リアも分かっているのだろう。だから引き止めず、笑って見送るつもりなのだ。
しかし厄介なことに、カイウス自身もこの暮らしを気に入ってしまっていた。
鳥の声で目覚める朝。二人分の食事。他愛ない話と笑い声。
広大な世界を渡り歩くうちにどこかへ置いてきたものが、この小さな小屋にはある。ここを離れるのが惜しい。そんな気持ちまで芽生えていた。
しかし、いつまでも療養はしてはいられない。
リアの手当てのおかげで、深手にしては驚くほど回復していた。傷はまだ痛むが村まで歩くのに支障はない。必要とあれば、剣も振る程度には腕も動く。
オルドへの報告もこれ以上は延ばせない。森で遭遇した巨狼が、次はノルヴィアを襲うとも限らないからだ。
(……分かってはいるんだけどな)
任務を終え、礼を言って別れ、次の仕事へ向かう。それがカイウスの日常だった。なのに今は、その当たり前がひどく難しい。
炉の前ではリアが鼻歌を口ずさんでいる。カイウスはその背中を見つめた。
別れを切り出せば、あの笑顔はどれほど曇るのだろう。そう思うと、どうにも口が重くなった。




