1-5.【アーカイブ】トリィヤと祈りの大樹
出典:あゝ我が豊穣の地ノルヴィア 御伽噺大全
著者 : 不明
書蔵:ノルヴィア村の酒場「風の壺亭」店内の書物棚
「トリィヤと祈りの大樹」
むかしむかし。
ノルヴィアという村に、まだ名前もなかったころ。
草も生えず、雨も降らず、空は涸れたように乾いていました。
村の人たちは言いました。
「この土地は、もうだめだ」
「雨も来ないし、麦も育たない」
「もう山を越えて出ていこう」
でもひとりだけ、まだここに残りたいと願っていた少女がいました。
その子の名前は、トリィヤ。
手伝いもへたくそで、泣き虫で、よく転んでは、しくしく泣いていた子でした。
けれど、ある日だけは、泣きませんでした。
それは、家の小麦も底をつき、「もうだめだ」と、家族が村をでてゆく支度をしていた日のことです。
トリィヤはこっそり、丘へ登りました。
手には、ひと粒の種。おばあちゃんが昔くれた、“花も咲かない”麦の種。
でも、トリィヤは信じていました。
だって、おばあちゃんはこう言っていたのです。
「咲かないなら、咲かせてあげなさい。祈りがあれば、大地はきっと応えてくれるよ」
少女は種を土に埋め、胸に手をあてて、空を見上げました。
「母なる大地に宿る神様。だれも信じなくても、わたしは信じます。どうか、この種を咲かせてください」
少女の祈りに応えるように、その夜、村の空にひとすじの光が走りました。
翌朝、丘の上には、ちいさな芽が出ていました。
芽はやがて木になり、木はやがて大樹になりました。
それが村の守り木、祈りの大樹です。
それからというもの、村に雨が降り、麦が実り、人々はこの土地を「豊穣の大地」と呼ぶようになりました。
そして大樹の根元には、手を胸にあてた少女の像が立ちました。
顔は彫られていません。
なぜなら、誰にでもなれるから。
「この大地に、世界に、もう一度命を咲かせたい」。
そう願った人すべてが、この祈りを受け継いでいるのです。
おしまい。




