第四話 文書管理室2
書類の山から適当に取り、仕分ける。仕分けた書類はファイルに綴じて、棚に戻す。レベルの記載があるものは司書に提出する。たったそれだけの仕事なのだが、不慣れなせいか、思っていたような仕事ではなかったためか、開始から一時間と立たないうちに疲れを感じ始めていた。
特にBLESSの写しのような書類に関しては、日付の順に直さなければならないし、記載された識別番号ごとにファイルが分けられていて、仕分け自体も、該当するファイルを探すのも骨が折れる作業であった。不気味なことに、書類には時折、人やペットの名前のようなメモが書き込まれている。
『ユウ。××××を拒絶。それ以外は異常なし。回収済み』
『たま。××××××により回収、記録は××××時点で途絶えている』
『サキコ。×××回目。トラップ配置B型、××室前で発見』
『サキコ。××××××××の起動実験により××破損、処理済み』
メモが記録されている書類の記録者は同一人物で、カガミという名前の職員のようだ。所々が黒色のインクで塗りつぶされているため全容を読み取ることはできなかったが、サキコの名前だけは頻出していた。
カガミの所属は回収部門となっているが、研修では壊れたMIMOを回収し、修理やクリーニング、時には解体してリサイクル部品に回すなどの処理を行う部署だと聞いていた。何度も名前が挙がるということは、サキコが壊れて回収部門に運び込まれるのは日常の出来事なのかもしれない。
また、BLESSの正体について確証はないが、予測をするには十分な情報が集まっていた。回収部門から提出されるデータは個体ごとの詳細なログとなっていて、彼ら全体のデータを統合して見たものがBLESSである、という仮説を立てた。
俺は、持ち込んだ大学ノートにこの仮説を書き込んだ。書類の整理が先決だが、それが済んだらデータの解析をしてみるのもいいかもしれない。
ラボの中では訪ねても答えは提示されず、自分で考えなければならないようだ。司書の「知らなくても仕事はできる」というスタンスも裏を返せば、ただ言いなりになるのではなく、自律的に動ける環境だということになる。
知らなくても仕事はできる。訪ねても答えは返ってこない。しかしそれは、知ることそのものを止められているわけではないのだ。
BLESSが大きく変動した際には遠隔で処理を施す必要があるらしいが、その監視を行うのが回収部門ではなく文書管理である理由についても不明だ。ノートに疑問符を描き、その下に追記する。
文書管理室は、程よい静けさだった。キーボードを叩く音、紙を捲る音、時計の音、空調や冷却ファンの音。完全な無音ではないが、それらの音は静かに時間を刻んでいく。特に喋る必要もなく、顔を上げる必要もないというのは、俺にとっては過ごしやすい環境であった。
やはり、総合的に見ても文書管理室は過ごしやすい場所かもしれない。そう思い直した直後のことだった。
「オイ、司書!」
扉が勢いよく開け放たれ、同時にドスの効いた声が飛び込んできた。
背が高くがっしりとした体格のスーツの男が、額に青筋を浮かべて真っすぐに司書のもとへ向かっていく。
「どうされました?」
「惚けるんじゃねえ。コレを見ろ」
男は、手に持っていたクリアファイルから中身を取り出して司書のデスクに叩きつけた。
大きな音に驚いたC君が隣で小さく悲鳴を上げ、俺の肩も跳ねていた。
「……調査報告書、ですか」
「そうだ。コイツは先週、回収部門でメンテを受けた個体に関する報告書だ。どこにどんな問題があったか記されている」
「そのようですね。で、どうかしましたか?」
「しらじらしい。心当たりしかねえだろ」
突如としてやってきた険悪な空気に、緊張して全身が強張っていく。そのまま固まっていると、C君がそっと耳打ちしてくれた。
「あの人は品質部門の田島さん。詳しい事情は知らないんだけど、司書さんとはいつもあんな感じなんだ」
「え、でも文書管理は品質部門の一部だって……」
「うん、形式上はね。でもそれ、本人たちには言わない方がいいよ、怖いから」
眉を顰めるC君の表情は、何かに怯えているようにも見えた。俺も、半年後にはこんな顔をしているのだろうか……。
ふと、田島の社員証が目に入った。裏面が赤色になっているようだが、何か意味はあるのだろうか。
「あなたが言いたいことはわかります。ですが、整合性はとれているでしょう?」
「出来過ぎだって言ってんだ。全部お前が書き換えたんだろ?」
「それが仕事ですからね」
「てめぇ……」
田島は、今にも掴みかかりそうな勢いで司書に向かってすごんでいる。いや、実際に掴みかかっていた。彼の手は司書のシャツの襟を掴んでいるが、対する司書は動じない姿勢で田島の顔を真っすぐに睨み返している。
「これ、止めた方がいいんじゃ……」
「いや、大丈夫。多分そろそろ……」
C君がそう言って扉の方に目をやると、ちょうどアンが到着したところだった。
「コラ!そこまで!」
鋭くよく通る声が響き、田島の動きは息を止めたようにピタリと停止した。その隙に、司書は彼の手から抜け出し乱れた衣服を整えていく。
「田島さん、またですか!いい加減にしてください」
「だけど、今日という今日はどうしても……」
田島は先程までの激昂した様子とは一転、落ち着きを取り戻し、見る見るうちに青ざめていく。怯えている、というよりは気まずそうに視線をそらし、強く張っていた声も言葉尻がどんどん弱くなって、最終的にはもごもごと口の中で文句を呟いていた。
「ここはどこですか?」
「文書管理室です……」
「あなたの持ち場は?」
「品質保証室……」
「そうです。ここはあなたの場所じゃないですよね?」
田島は黙ったまま、小さく頷いて見せた。随分と小柄なアンに対して大男が縮こまる姿にはどこか衝撃的というか、不思議な光景だった。
「自分の仕事に戻りなさい。でないと……」
アンは白衣のポケットに手を伸ばした。その瞬間、田島は書類を回収し、そそくさと文書管理室から撤退していった。
「……田島さん、アンに怒られて何度か減給処分されてるんだよ。次やられたら家賃が払えなくなるって言ってるの聞いたよ」
「そんな権限があるのか……?」
「まあ、なんたってLev.5だからね…… アンのポケットにはいつも減給処分のスタンプが入ってるんだよ」
アンは田島を見送ると、大きく息をついてこちらを向いた。
「はいはい、その件についてはそこまでね。ほら、仕事戻って」
はーい、とC君がのんびりと返事をすると、アンは司書と何か話したのち、退室していった。そういえば、毛繕い係について尋ねたときにも喧嘩の仲裁、とか言っていたような気がする。
しかし、アン以上に気になる点がある。会話の内容をすべて聞いていたわけではないものの、田島の言い分が本当なら、不正を行っているのは文書管理室ということになる。
「あの、司書さん。さっきの話、本当なんですか?書き換えてる、って……」
「ええ、このラボで書かれる書類は、どんな些細なものであってもこの部屋に送られてくるんです。それを使える形に変換して、品質保証に回す。品質保証での精査を終えたら、その文書を保管する。これが文書管理室の仕事ですからね」
「は……」
あまりに堂々とした不正の告白に言葉を失った。当然だが、組織の中で声に出すべき内容ではない。今回も答えてくれないだろうと思っていたのに、司書はなぜこの話を共有するのだろう。
「ああ、大丈夫ですよ。ラボのすべての編集権限は僕にありますから。この会話も存在しません」
隣を見ると、C君は何事もなかったかのような涼しい顔をして、書類の整理に取り組んでいた。
皆様お久しぶりです、という程でもありませんが、ただいま戻りました。
金曜朝7時、週一投稿を続けて参ります。どうぞよろしくお願いします。
第一章は10話を想定しており、原稿は出来上がっています。
今作も楽しんでいただけると幸いです。




