第二話 大事故
職員Cに手を引かれ現れた白髪のMIMOID。彼は恐らく、ビビが回収部門から持ち出したという例の個体だろう。E1シリーズの本来の顔を晒してニコニコと笑っている。
こんなことはありえない。E1-02は停止しているはずだ。
すぐにPCで確認してみても、やっぱりE1-02の内部ログは停止したままだった。念のためDr.Sでもアクセスしてみると、そちらでは稼働中の表記が出ていた。なんてことだ、まさかこんなに簡単なことに気が付かなかったなんて。
身体は稼働中。しかし、その中身は元のサキコではない、別の何かが入っている。嫌な予感がする。もしもそうなら、僕たちは大きな勘違いをしていたことになる。
仮称E1-02は自身が何者なのかわかっていない様子で、サキコと呼ばれると不機嫌そうに頬を膨らめた。職員Cには申し訳ないが、然るべき対処をするべく二人で留守番をさせた。
「いいですか、僕が戻るまで誰も入れないでください。Lv.5の職員や所長であってもです。わかりましたね」
「は、はぁ……」
このラボで、情報を隠しきることは不可能だ。こんな特大のネタに上層が気づいていないはずがないが、それでも守るべき体裁というものは存在する。こんな時、ラボの扉に鍵がないことが悔やまれる。
時系列と入り乱れる仮説を整理しながら回収部門に向かい、マリアナを訪ねた。清掃部隊に案内された先で、マリアナとサキコ、トンの三人が談笑しているところだった。
「あら、どうしてあなたがここに?」
「すみません、文書管理室に来てもらえますか?説明はそこでします」
「僕も行っていい?」
大きな耳をぴくぴくと動かしながら、サキコが期待に満ちた目で僕を見た。
「ええ。でもトンさんは……」
「わかってます。僕は何も知りませんよ」
「助かります」
「司書、私からもビビのことで話があるわ」
「えぇ、そうでしょう。あとでゆっくり聞きます」
話はこれでまとまった。マリアナとサキコを連れて、文書管理に戻る。言いつけ通り待機していた職員Cにはお礼を言い、帰らせた。何やらおかしな勘違いをしているようだが、今はそれを訂正している場合ではない。
「……司書、彼はまさか」
「ええ、そのまさかです」
事件の一部始終、そして個人的な推測を伝えると、マリアナは大きなため息とともに頭を抱えた。
◇
「ねえ、名前は?ビビに何かもらったでしょ?」
元わたしだったそいつは、ううんと首を振った。なんで? 名前くらい付けるでしょ、普通。
「は? じゃあ役割は?」
「ない」
「なんだそりゃ。ビビのやつ、何考えてるわけ?」
何というか、私の片割れは随分と可哀そうだ。あんなに暴力的な男に連れていかれて、これまで無事だったのだろうか。いや、絶対無事じゃない。一発か二発は確実に殴られてるだろうなぁ、トロそうだし。あーあ、可哀そう。まあ知ったことじゃないけどね。
識別番号E1-02番は、わたしを見つめて首を傾げた。
「不思議。あなたは誰?」
おっとりとした話し方が鼻につく奴だ。殴るどころか蹴られてるかもしれない。
でもまあ、子分だと思えば悪くないだろう。従順そうで。
「僕はサキコだよ!君のお姉さんみたいな存在。敬いなっ!」
笑顔たっぷり営業百パーMAXで答えると、E1-02は目をキラキラ輝かせた。
「お姉さん……!」
馬鹿だ、コイツ。MIMOに搭載されている補正フィルターは、人間の脳の錯覚作用を利用したものだ。声色やジェスチャーなんかは誤魔化せないけど、ざっくりとした容姿や表情なんかは、簡単に騙すことができる。そしてこの機能は、MIMOどうしには通用しない。奴が見ているのはわたしの本来の顔、つまり虚無である。少し、意地悪してやりたくなった。
「ねえ、今から言うことを聞いてね」
「うん?」
「右向いて?」
E1-02は、ピシッと正確に首を動かした。
「左向いて」
ピシッ。やはり、動作は正確だ。
「じゃあじゃあ、両方同時に向いて!」
「?!」
E1-02は正面を向いて、眠そうだった目を見開いて硬直した。
「サキコさん、やめてあげてください。壊れちゃいますよ」
すかさず、司書から指摘が入った。聞いてたんだ。マリアナと話し込んでるから行けると思ったんだけど。
もちろん、こいつを壊すつもりはない。壊れない範囲は身をもって知っているんだから、当然わきまえている。
「ねぇ、今のは冗談って言ってね、聞かなくていいんだよ」
「冗談?」
「そ。これはね、人間を笑わせるために使う“嘘”だよ!」
「嘘? 嘘はダメってビビが言ってたよ」
E1-02の口から、あのクソキモ暴力野郎の名前が出るたびに背筋がぞわりとした。あろうことか、こいつはビビを慕っているみたいだ。外の世界を知らないって、恐ろしいね。
「いいのいいの、全部聞かなくて。特にあいつの話は」
「ふうん……?」
わかっているのかいないのか、E1-02はふにゃふにゃの笑顔を浮かべて頭をゆらゆら揺らした。なぁんだ。もう少し混乱すると思ったのに。ていうか、危機感がなさすぎる。
これはダメだ。早いところラボで引き取った方がいい。ビビなんかに任せていたら、そのうち壊されそうだもん。わたしには決めることも進言することもできないけど。
「あのね、私、ビビを探しに来たの。どこにいるの?」
「んー……と。まだお仕事中ってところかな」
ラボのシステムを使って調べてみると、どうやらまだラボの敷地内にはいるようだ。現在地の特定ができないということは、隠し部屋のどこかだろう。
「そのうち戻ってくると思うよ。だから、それまでサキコと遊ばない?」
E1-02は素直に頷いた。人間たちはなんだか込み入った話があるみたいだし、ここはお手伝いロボとして一肌脱いでやることにする。本当は二人のお話も気になるけど、まあ、FAIRYで確認すればいいか。ビビの暴力性は二人も知っているはずだ。いくら命令でもさすがに、悪いようにはしないでしょ。
「ねぇ、妹を部屋に連れてくね。着替えさせてくる!」
そう、もっと現実的な問題があるのだ。E1-02は、髪だけは綺麗に手入れされているけれど、服装には目も当てられなかった。首元や袖の伸びたぶかぶかのTシャツにジャージ、サイズの合わないスニーカー。E1シリーズはこれでも美少女モデルとして作られてるし、スタイルだって悪くないのに。こんなのは知識不足とか節約なんかじゃない。怠慢だ。
司書は想定通り、淡々とした口調で窘めるように言った。
「ダメです。人に見つかったら困るでしょう」
「大丈夫だよ、僕にしか見えないもん」
「だとしてもです。移動はリスクの方が大きい」
そうはいっても、ここで話してE1-02に聞かれたらマズいくせに。その証拠に、さっきからマリアナとの会話は停滞している。せっかく連れ出してやろうと言っているんだから、大人しく従いなよ。
「なら、私が連れて行くわ。私が抱えていけば、サキコが壊れたようにしか見えないでしょう」
と、マリアナが提案をしてくれた。いい流れだ。
「でも、司書とお話は?」
「後でも大丈夫よ。部屋で遊んでいてくれるなら、その方がいいもの。司書、それでいい?」
「……ええ。くれぐれも気を付けて」
してやったり。けど、ここは耳を少し下げておく。
「ん、お邪魔してゴメンね」
「いいのよ、行きましょう」
多分、マリアナはわたしの演技に気づいている。それでも合わせてくれるのは、わたしを憐れんでいるからだと思う。別に、屈辱なんかじゃない。
マリアナはE1-02に自分の白衣を着せて抱きかかえた。
わ、なんて可愛い声ではしゃぐところを、静かにしててねと言い聞かせている。
耳障りなノイズを感じた。お気に入りの居場所を一つ、奪われたみたいだ。マリアナがいないと、わたしは軽すぎてどこかに飛んで行ってしまいそうになる。
「どうしたの?」
「ん~、なんでもない」
なんて言って、目を伏せる。使いすぎはダメだけど、ノイズは使い方次第で武器になる。大丈夫。壊れる日までの辛抱だ。




