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君のための世界  作者: 宇宙ネズミ
第四章 メイプルシロップ

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第一話 誤解

 ◇L10年10月30日(金曜)


ビビが見せてくれた『おりがみ』はとっても衝撃的だった。一枚の四角い紙が、あっという間に別の形になった。

確か、おりづるって言うやつ。真似して作ろうと思ったけど、ダメだった。三角にして、もう一回三角にして、そこまではわかる。でも、そこからどうやったのか、思い出してみてもよくわからない。それに、何度も折り直しているうちに、紙はぐちゃぐちゃになって行った。あちこちが折り目だらけになって、どこまで折ったのか、何をしたらいいのかわからなくって、新しい紙を出した。三角のおりがみが、たくさんできただけだった。

ビビ、すごいなぁ。帰ってきたら、また作ってくれるかな。


三角をテーブルの端っこに追いやって、今度は文字のドリルを手に取った。表紙の下の方に、白い四角と、小さく「なまえ」と書かれていた。私にはまだ名前はないけど、知ってる言葉が一つだけある。つるつるした表紙には鉛筆の痕しかつかなかったけど、書いておくことにした。


「E1-02」


これは、私の名前じゃない。けど、無いと困るから在るもの。あんまり好きじゃない。

私だけの名前、何になるかな。かっこいいのがいいな。

鉛筆で、ざらざらした紙の表面をなぞる。私はこの感触が面白くて、大好きだった。とても楽しい気持ちになる。もっとたくさん、大きく書きたいのに、ドリルに書かれた指示は薄い文字を何度もなぞれというものだった。なんだか、書いていい場所が決まっているのも面白くなかった。

でも、でも。これをやればビビは助かるって言ってた。役に立つことなんだって。丁寧にやるようにって言ってたから、がんばる。


最初は、線をなぞるのも上手くできなかった。思った通りに鉛筆が動かなくて、鉛筆の芯が細すぎるのにも困ってしまった。ピッタリなぞるには、塗りつぶさないといけない。

続けていたら芯が丸くなってきて、一回で綺麗になぞれるようになってきた。ほっとしたけど、すぐに次の問題が起こった。さっきまでは薄い文字をなぞるだけだったのに、何もないところに同じものを書くように、と指示が出されている。四角い枠の中は点線で区切られていたから、お手本と見比べながら、点線を数えて鉛筆を置いて、線を引いた。


でも、やっぱり上手くはできなかった。真っすぐ引いたつもりなのにグニャグニャしている。線自体も、これじゃちょっと、太すぎる。

確か、芯が丸くなったら削るといいってビビが言ってた。顔を上げると、恐怖の鉛筆削りマシーンがどどんと置かれている。鉛筆がぴったり入る穴があって、ここに差し込むと、すっごい音がする。その音がとってもとっても怖いから、恐怖の鉛筆削りマシーン。

恐る恐る、でも思い切って、鉛筆の先を穴に差し込んだ。


「ギャギャギャギャギャ」

「ピャッ!!」


あまりの音に、思わず手を離してしまった。テーブルの下に隠れてミミを畳んで、防御姿勢をとる。これで安全が確保できたはずなのに、私の中で何かの音が激しくなった。


トクトクトクトクトク……


あいつの音はすぐに小さくなった。ミミを手で押さえたまま、テーブルから頭を出して確認する。鉛筆は穴に刺さったままかたかた震えていて、ちょっとずつ回ろうとしている。押し込まなければ大丈夫。鉛筆をそっと掴み、引き抜いた。


「ふー……」


大きく息を吐くと、私の中の音は少し落ち着いて、いつものペースに戻って行った。この音はいつも鳴っているけど、早くなると、それだけで動きにくくなる。立つとかじっとしてるとか、そういうことも難しくなる。なんだかヘンだけど、とにかくそうなるから、困る。

引き抜いた鉛筆を確認すると、先端はまだ丸いままだった。どうしても、あいつと戦う必要があるみたいだ。


「静かにしてね……?」


もう一度、鉛筆を差し込んだ。


「ギャギャギャギャギャ」

「ピャッ!!」


もう一度、もう一度と何度も試したけど、恐怖の鉛筆削りマシーンは静かになってくれなかった。それに、何度やっても鉛筆は丸いままだった。

段々、あいつのことが好きじゃなくなってきた。最初から好きじゃないけど、もっと好きじゃなくなった。

思い切って、片手でそいつを押さえつけた。そしてもう片方の手で、鉛筆を一気に差し込む。


「ギャギャギャギャギャ」

「わわわわわ」


差し込んだ鉛筆はゆっくりと奥に進んで、押さえつけた手からも、鉛筆を持った手からも振動が伝わってきた。でも、大きな音も振動も、すぐに小さくなった。鉛筆を引き抜くと、ビビがやってくれた時のように尖った先端が出てきてホッとした。触ってみたら、なんでかちょっと温かかった。上手にできた。


自分が、ちょっとした英雄になったような感じがして誇らしかった。ふふん、どうだ。あんなやつ、もう怖くない。

私は自信たっぷりに、ドリルを再開した。線が細くなっちゃったけど、太いよりはやりやすかった。


部屋は、だんだん暗くなってきた。手元がよく見えない。でも、電気をつけるとお金がかかるって言ってたから、勝手に付けちゃダメ。

そろそろ、ビビが帰ってくる。そしたら、おりがみ折ってもらうんだ。トクトク、と、あの音が少し早くなった。


でも、お部屋が完全に真っ暗になっても、ビビは帰ってこなかった。ダメだけど、また怒られちゃうかもしれないけど、玄関に向かった。ビビの大きな靴。とっても複雑な形をしている。ぶかぶかだけど、お外に行く時は借りていく。


鍵を開けて外に出る。空は曇っているみたいで、お星さまやお月様が見えなかった。だから、傘を持って歩き出した。

ビビを探さなきゃ。雨が降ったら壊れちゃう。遅くなると、悪い人に捕まっちゃう。だから、お迎えに行くんだ。


大きな川のところで、ツクダニに会った。


「ツクダニ!ごめんね、今日は忙しいの」

「ニャ」


けど、今度は別のところから「おーい」と声が聞こえてきた。おじちゃんだ。


「お嬢ちゃん、どうした、こんな時間に」


おじちゃんは、ほーむれすっていうお仕事をしている人だ。空き缶を拾ったりするんだって。この前お散歩したとき、仲良くなった。


「おじちゃん、あのね。ビビが帰ってこないの」

「ああ、持ち主の兄ちゃん……だったか?」

「うん」


おじちゃんはうーんと少し唸った。


「でも、夜はあぶねぇのよ。アンタみたいなのは金になる。どこかで誰かに襲われちまうかもしれん」


おじちゃんの言うことは、よくわからなかった。でも多分、ビビが言っていた悪い人のことだと思う。


「ならやっぱり、ビビをお迎えに行かないと。雨が降ったら壊れちゃうし」

「大丈夫だ、人間ってのは雨じゃ死なねぇようにできてる。おとなしく家にいりゃ帰ってくるさ」


おじちゃんは大丈夫っていうけど、でも、どうしてもビビをお迎えに行きたかった。暗いと、よくないことがたくさん起こる。


「ニャア」


足元で、ツクダニが鳴いた。


「怖くないよ、大丈夫だよ」


頭を撫でると、ツクダニはその場に寝転んだ。お腹に顔を埋めたくなるけど、今はそれどころじゃない。


「おじちゃん、やっぱり行く。ビビは私がお迎え行くの。お仕事終わったら、おかえりなさいしなくちゃ」


おじちゃんはなんだか悲しそうな顔をしていたけど、私はビビのお仕事場所に向かった。


川の道を曲がって、お家がたくさんある道を歩いて、真っ暗な工場が並んだ道を歩く。ビビがいるのは、丘の上にあるネズミミ研究所ってところだった。すごく有名な場所らしい。いんたーねっとに接続したら、行き方がすぐにわかった。


工場は真っ暗なのに、研究所はまだピカピカ明るくて、人がいっぱいいるみたいだった。門は開いていたし、きっとここにビビがいる。でも、理由はわからないのに中に入りたくなかった。門の前で、どうしたらいいか考える。


「サキコさん?」


ふいに話しかけられて、顔を上げた。眼鏡をかけた男の人が、私を不思議そうに見つめていた。


「じゃ、ない……? 君は誰? 大丈夫?」


私は、どうしてかその人を知っているような気がした。


「もしかして、しーくん?」

「えっ?」


眼鏡をかけた男の人、しーくん。ビビから聞いた事がある。


「なんで知って……まあいいや、うん。俺が職員Cだよ」


しーくんは、何かのカードを見せてくれた。しーくんの写真と、名前と、日付が書いてある。しーくんのしーは、アルファベットのC。

Cくんは、ビビと一緒にお仕事をする人だ。


「Cくん、ビビ、どこにいるの? お迎えに来たの」

「え、えぇ……」


C君は、その場にぺたんと尻もちをついてしまった。その様子が可笑しくて、私は笑ってしまった。


◇


やばいやばいやばい、これ絶対にやばいやつ!

俺は今、サキコっぽいけど微妙に違う、謎のMIMOIDの手を引いて文書管理室へとトンボ帰りしていた。残業のためにバイトをやめて、居残った矢先にこれだ。絶対にまた、変なことに巻き込まれている。


この子は多分、どの型のMIMOでもない。一般的に流通しているMIMOの姿は、こんなにファンタジックな容姿をしていない。社会に溶け込めるよう、髪も目も自然色に寄せて作られているはずだ。

もう一度、謎のMIMOを観る。白髪に青色の目、サキコそっくりな顔つき。そして何故か、MIMO嫌いのビビを探して現れた……


最近、ビビの様子がおかしかったのはこれか。BLESS中毒とかいう大層な理由なんかじゃない。何度考えても、俺の頭は最低最悪な仮定にたどり着いた。

汎用モデルの中には当然、“そういうこと”を目的に作られたものが存在する。他用途のモデルに比べて容姿のカスタム幅が広く、非正規の改造パーツも多く出回っているんだとか。

そう、つまりビビはサキコそっくりにカスタムを加えたMIMOと“そういうこと”をするのにお熱だったのだ。


「なんだそれ! 心配して損した! って言うか! 知りたくなかった!」


思わず叫んでしまい、白髪のMIMOはビクッと身体を震わせた。


「あ、ああゴメン、怖がらせるつもりはなくて。はは……」


感情はもうぐちゃぐちゃだった。ビビに対する友情や信頼は脆く崩れ去り、残ったのはどす黒い怒りのような感情だけだ。


文書管理室の前に立つ。さっき、残業を終えて出て来たばかりの部屋だ。ええい、もうビビ君なんて知るか、司書さんに怒られろ! 気まずくなれ!


「司書さん! この子、ビビ君を探してここまで来ちゃったみたいです! ここで! 待たせてあげてください!」


扉を開け、怒鳴ってしまった。司書はサボテンに水をあげていたところのようで、俺の声に驚いて身体を震わせた。


「は……」


ごとん、と重い音がした。司書が、手に持っていた如雨露を落とした音だった。二つの口から、水がどくどく流れ出ている。床に直接積まれていた書類の山が、零れた水をぐんぐん吸っていく。


「わーーーーー! 司書さん水! 水が!」

「え……あ、うわあぁぁぁぁ!」

「わぁ」


大慌ての俺たちをよそに、MIMOは小さな声で真似るように呟いた。


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