第八話 田島特性爆弾おにぎり
あれは、俺が初めて奴の不正に気付いた時のことだ。
とある書類の、数字の不整合に気付いた俺はそれを持って文書管理を訪ねた。奴は間違えて提出したといって、数字だけが改変されたコピーのような書類を俺に渡してきたが、その書類は印刷物なんかじゃなく、精巧に作られた偽造文書だった。
俺は当然抗議したさ。俺たちにとって問題なのは数字の不整合じゃない、何故そうなったのかだ。データが何のためにあるか、考えたことはあるか?問題の原因を追究し、対処をして、再発防止に努める必要があるからだ。数字だけ書き直したところで、問題は解決しない。不具合もそのままだ。
だが奴は言っていた。
「問題の原因ならわかっていますよ。対処も済んでいます。偶発的な問題ですから、あなたは干渉しなくてよろしい」
腹が立った。奴の態度もそうだが、問題に対する処遇を決めるのは本来品質管理の仕事だ。
奴が言うように、本当にただの偶発的な不具合なら対処で済むだろう。改善できるモンじゃないからな。だが調べてみると、奴は俺たちが不具合に気付く前に全てのデータを改変してやがった。それも、ありえそうな不具合や改善点まで作り出してな。
俺たち品質部門はずっと、奴の手に踊らされていたんだとさ。情けないことだ。
ネズミミ研究所は、工場じゃない。実際にMIMOを作る現場は、丘の下にある工場地帯だ。うちではあくまで、ラボの中で扱われるデータだけを取り扱っているんだが、だからといってMIMOの品質に影響がないかと言えばそんなことはねぇ。
俺には、ラボや司書の奴が何か大きな隠し事をしているように思えてならない。わざわざ大掛かりな嘘を吐いて、嘘で固めた記録を残して、まるで架空の企業に勤めているみたいだ。
そういう意味では、司書の奴はかなりの切れ者だ。たった一人でラボの真相と、表向きの記録の全てを操って保管しているわけだからな。せめてその理由だけでも話してくれりゃやりようがあるってもんだが、それも教えてはくれなかった。
文書管理は、俺にとっては宝の山だ。本物の生データの保管庫だからな。うちにも文書の保管庫があるが、そこに収まっているモンは全てが偽物なんだ。
◇
「こんな話されても、お前らは困るだけだろうがな」
田島は揚げ物だらけの弁当を一瞬で平らげ、バケツからキャベツやにんじんなどの野菜を取り出しチャッピーに与えながら、話して聞かせてくれた。
司書に対する疑念は多々あったが、それがよりはっきりと浮き彫りになったようだった。
C君は浮かない表情で卵焼きをつついている。
「あいつは絶対に自分の仕事を他人に触らせねぇからな。こんなこと言いたかないが、お前ら、絶対に司書を信用するな。司書だけじゃないぞ、上層の連中だって何を考えているのかわからねえ奴らばかりだ。いざという時、守ってくれるかもわからん。何かあったら俺に言いな」
ただの小うるさいオジサンだと思っていたが、実はいい人なのかもしれない。でも俺だって、ラボに対して大きな隠し事を持っている身だ。疎外感を感じるには身勝手すぎる。司書を責めることも、いざという時に田島を頼ることもできないだろう。
「……あの、そこまで不正がはっきりしてるなら、何か公的な場所に通報? とかはしなかったんですか」
C君が尋ねると、田島は首を横に振った。
「俺も何度も試したさ。でもどういうわけか、何度通報しても不正の事実はなかったという結果になる。どうだ、不気味だろう」
俺たちが何を言うべきか悩んでいると、田島はあーあと大きな声を出して立ち上がった。
「すまん!話すべきじゃなかったな。お前らはただ、自分の仕事はきちっとこなせ。で、あんまり上層は信用できねぇってことだけ頭に入れとけ。耐え切れなくなったらうちで引き取ってやる。いいな?」
「は、はい……」
「それとビビ、お前はもっと食え。サンドイッチ一つじゃ女でも足りねえくらいだぞ。今日は特別にお前にくれてやる」
と、田島は黙りこくっていた俺の掌の上に、大きな爆弾のように黒い塊を乗せた。ラップと海苔に包まれたそれはずっしりと重く、男の一食分にしたって大きすぎる代物だった。
「具は食ってからのお楽しみだ。俺の手作りだぞ、心して食えよ!」
「いやあの、受け取れないです……」
「遠慮すんな!じゃあな、しっかり休んで行けよ!」
止める間もなく、田島はバケツを持ってB棟の方へと戻って行った。田島がいなくなると、C君の足元に寝そべっていたチャッピーも立ち上がり、かわい子ぶった声できゅううと鳴いた。
「もらっておいたら?」
「いや、おにぎりは流石にちょっと……食べる?」
「ううん、要らない!」
今日一番の爽やかな笑顔だった。やっぱり、返しに行こうか。怒りはしないだろうが、せっかくの好意を無駄にするのも悩ましかった。そうこうしているうちに昼休みは終わりに近づき、俺は結局、おにぎりを布で包んで文書管理に引き上げた。
◇
結論から言えば、おにぎりは食べた。
帰り道、どうしても腹が減ってしまい、鞄の中で存在を主張するおにぎりに手を伸ばしてしまった。人間は、空腹に耐えられるようにはできていないのだ。少し行儀は悪いが、食べ歩きながら帰路に就いた。
きつく握られていて米の密度が大きく、具材となる唐揚げは全部で三つ入っていて、どこを齧っても必ず存在を主張してきた。濃口醤油とガツンと来るにんにくの風味、衣と米を繋ぐ馴染んだマヨネーズ……空腹だったとはいえ、食べ応えはばっちりだった。心の中で田島に向かい、ごちそうさまですと手を合わせる。
住宅街に差し掛かり、カレーや焼き魚、濃いソースの香りなどが漂ってくると、今度はしんどくなってしまった。
田島やC君にとってどうかはわからないが、あのおにぎりは俺には大きすぎたらしい。夕飯の支度や作り置きをする気にもなれず、今日はE1-02の夕飯もジャムパンで我慢してもらうことにする。
腹が膨れて余裕ができたので、家を通り過ぎて少し遠回りをする。まず本屋に立ち寄り、ひらがなや低学年用のドリルを二、三買って、百円均一に向かった。しかし、ノート売り場に来て気が付いた。練習用のドリルなど、わざわざ本屋で仕入れずとも百円均一ですべて揃ったのだ。二千円近くの無駄な出費となってしまった。
折り紙のコーナーでは、豪華な柄やアニメキャラクターが印刷されたもの、ホログラム加工のもの、単色のセットなど実に様々で驚いた。折り紙と言えば、同じ色が二枚ずつ入った八十枚そこらのものしか知らなかったのだ。
色々と目移しそうになりながらも、結局見覚えのある八十枚セットを買った。おにぎりくんの柄が入った折り紙ケースとやらも目に留まったが、踏みとどまる。袋を破いたら破いた奴の責任だ。
おもちゃコーナーは折り紙と比べ物にならないほど煌びやかで鮮烈な色合いの雑貨が並んでおり、ことさら困惑した。売り場は大きく男児向け、女児向けに分かれていたが、それにしたって何を買ったらいいのか、皆目見当がつかなかった。積み木やらビー玉やら、そういう普通の玩具を買いに来たのに、探すのは一苦労しそうで躊躇われる。何でそこまでして、と、今更過ぎる不満が沸き上がる。
それに、E1-02の言動はやや幼いが、見た目はもっと等身の高い十代後半の少女だ。キラキラのお姫様セットやおままごとセットなどを与えるのは気が引けて、売り場を離れてしまった。おにぎりくんのアニメも大概だとは思うが、画面に集中してもらうのと、実際に身に着けたり遊びに巻き込まれるのとではわけが違う。
結局、折り紙と筆記用具をいくつか買い足すのみに留めた。




