第四話 ワルモノ探し
◇L10年10月27日(火曜)
日中、E1-02の行動をコントロールするためには何か指示を与えておけばいい。
できるだけ無害で、お金もかからず出来る事と言えば、最有力候補に挙がったのは大手動画投稿サイトだった。
子供向けのアニメなども多く配信されているし、子供が使うモード設定にしておけばおかしな動画やサイトに飛んでしまうことも防げるはずだ。教育と称して、E1-02にはそれらを視聴するという指令を与えることにした。
「きょういく……?」
「そう。大事な仕事だぞ」
「それやったら、ビビは助かる?」
「ものすごく助かる。だから、言うこと聞けるよな?」
「うん!」
元気いっぱいに頷くE1-02にノートPCを貸してやり、動画サイトを開いた。古いものだし埃を被っていたが、無事に動いてくれてよかった。
これを通らない子供はいないとされているほどの超有名ヒーローアニメを検索し、プレイリストを表示する。内容はおにぎりの顔を持つヒーローと、黒カビがモチーフの悪役が戦うというものだが、話の詳細はいちいち覚えていなかった。E1-02は興味深そうに画面を凝視しており、何が始まるのかと心待ちにしている。
「じゃあ、行ってくる」
再生ボタンを押し、玄関に向かう。
すると、あれだけ画面に興味を向けていたE1-02がのこのこついてきた。
「いってらっしゃい!」
「ん」
扉を閉め、耳を澄ませる。階段を駆け上がっていく音が聞こえてきて、止んだ。音を立てないようそっと扉を開き、階段を登る。リビングへと続く扉の向こうからはアニメの音声が聞こえてきた。大人しく指示に従ってくれているようだ。ほっと息をついて、俺は今度こそ仕事に向かった。
◇
「え、どういうことですか」
「うん、BLESS中毒は再発の恐れがあるから、トンさんから再検査を受けるまでBLESSの監視にはあたらないでね。書類仕事ばかりになっちゃうけど、休憩は適宜とっていいから」
朝礼の後、早速BLESSの管理画面を開こうとしたところ、司書に呼び止められた。
司書曰く、一度BLESS中毒を起こした職員は当面BLESSに関する職務は避けるようルール化されているとのことだった。ノートの件もあり、俺には司書が意図的にBLESSから遠ざけているようにも感じられていた。
「そうですか……ところで司書さん、俺のノートのこと、何か知りませんか」
「ノート?」
「ページが破られていたんです」
「さあ、わかりません。少なくとも僕ではないですよ」
司書は言いながら、C君の方を向いた。見られていると気づいたC君は慌てて首を振り、否定する。
「俺でもないですよ!そんな隙は無かったじゃないですか!」
「……だそうです」
司書はふう、と息をつき、デスク上の書類の端を整え、俺に手渡した。
「すみませんが、こちらの整理をお願いします」
体よく厄介払いをされた気分だったが、断るのも不自然だろうか。書類を受け取り、渋々デスクに戻った。
仕事中、司書はほとんど席を立たなかった。BLESSを確認できない以上、破られたノートのページを探した方が早いと思ったのだが、司書がいる前で堂々と探し回ることはできなかった。
それに、あれだけ普段放任主義であったはずの司書が、書棚をうろつき情報収集を始めるとすぐに声をかけてくるようになった。
「どうかしましたか?」
「何をお探しで?」
「お手伝いしましょうか」
司書はその名の通り、文書管理室に保管されている文書の所在をすべて把握していた。親切を装いながら俺の行動を制限しているつもりなのだろう。居心地が悪くなり、俺はおとなしくデスクに戻るほかなかった。
昼休み、ようやく司書の監視の目から離れることで緊張の糸が解れた。C君と並んで昼食を食べるのも、なんだか久々だった。
「昨日は大変だったね。今日は体調大丈夫?」
「うん、もう何ともないし、ちょっと大げさだよ」
「そんなことないよ。もしまた体調悪くなったら遠慮なく言ってね」
C君に尋ねてみたところ、彼はまだBLESS中毒になったことはないとのことだった。もちろん司書や他の誰かが発作を起こしているところも見たことがなければ、その存在も昨日初めて知ったそうだ。
「管理画面開くの怖くなってきたよ……前後の記憶もないんでしょ?」
「うん……そういえばC君、俺が倒れる前って何かしてたか?」
昨日も、俺の隣にはC君がいたはずだ。それなら俺がノートをとっていたか、もしかしたら何を書いていたのか、その内容も知っているのではという希望もあったが、そこまでは叶わなかった。
「ほんとにゴメン、何か書いてたのは知ってるけど内容までは……俺も慌ててたし」
「そうか……」
「怖いよね、司書さんも知らないっていうし……」
「でも、あの人昼休みも文書管理に残るだろ?」
「それがさ、昨日は珍しく食堂に来てたんだよ。自分もあんまり休まないでいると発作起こしそうだ~って言って」
「じゃあ、昼休みは誰もいなかったのか?」
「……それがさ。司書さん、ノートPCを持ち込んじゃったんだよ」
一瞬意味が解らなかったが、C君はどうやら、BLESSの監視体制の話だと思ってしまったみたいだ。彼は小声で、内緒話をするように昨日の出来事を教えてくれた。
管理画面から操作を行うにはサーバーとの有線接続が必須なのだが、監視だけならノートPCでも可能なのだそうだ。そこで司書はノートPCを持って食堂にやってきたが、それを見たおばちゃんにより制裁が与えられたのだとか。
「俺、司書さんのあんな姿は見たくなかったよ……」
「……そうか。悪かった、思い出させて」
こめかみ攻撃から全身のコリが発覚し、おばちゃんたちに怒られながら肩甲骨剥がしで絶叫していた司書の姿なんて、俺も見たくはない。
今聞いた話は忘れることにして、とにかく昼休み、司書が文書管理室にいなかったことは確かとなった。食堂との行き来も一緒だったらしく、司書もC君も、一人になった時間はないようだ。
「まあ、確かに色々気になることはあるけどさ。今は従ってたらいいんじゃないかな、今後絶対PCに触っちゃダメ、とか言われてるわけじゃないんだし」
「うん……そうだな」
「履歴ならまた後からでも遡れるんだし!ビビ君の研究、進むといいね」
「ありがとう」
C君は、俺が何を書いているかとか、どうしてノートをとっているのだとか、踏み込んだことは何も聞いてこなかった。その距離感が俺にはありがたく、一緒にいて楽に感じる理由だった。
◇
当面の間、終業後の探索も控えることにした。壁の確認程度なら出来るのだが、家にE1-02を残したままなのが不安要素であることと、立ち寄った研究部門でレオナから、今は忙しいと一蹴されてしまったためだ。何でも、今は彼女の研究が佳境に入り手が離せないとのことだった。
今日も壁が硬いことを確認し、帰路に就く。少し陽が落ちるのが早くなったようで、少し前まではまだ明るかった時間でも綺麗な夕焼けが見られるようになってきた。この分では、家に着くころには完全に陽が落ちていることだろう。
部屋は、今度こそ朝に見た景色と同じ状態だった。朝食の食器がシンクに置かれ、起きたままのベッドと畳まれていないパジャマ、座った痕が残るビーズクッション、本棚代わりのカラーボックスにミミのないネズミのぬいぐるみ。
そして、テーブルに置かれたノートPCとその前に座ったE1-02の姿。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
PC画面にはいまだ今朝つけたアニメが流れ続けている。言いつけを守り、一日中見ていたのだろう。相当な話数が用意されていたようだが、人間ならいくら好きでも、休憩もなしに見れた物じゃない。さすがはMIMOといったところか。
アニメはちょうど話の終盤のようで、ヒーローの説得もむなしく暴れ回った悪者が自作のメカごと殴り飛ばされ、お決まりの悲鳴をあげながら空の星になっていった。
「よかったな。悪者は退治されたみたいだ」
何の気なく呟いたつもりだったが、E1-02は不思議そうに首を傾げた。
「わるもの?」
「そう。出て来ただろ、くろかびくん」
彼はこのアニメの悪役として登場するキャラクターだ。動物たちのご飯をカビさせたり、楽しい行事の邪魔をする強敵で、やっつけられてスッキリするまでがお決まりのパターンだ。
「くろかびくん、悪くないよ」
「だったらなんでヒーローに殴られるんだよ。ヒーローは悪者を退治するからヒーローなんだぞ」
「ううん、ヒーローじゃないよ」
わけがわからない。今日一日、一体何を見ていたというのだろう。E1-02はまだ何か言いたげにしていたが、聞くだけ無意味だ。夕飯の支度をするから手伝うようにと指示を出す。
何が引っかかるのか、元気のない顔で頷いた。




