第十三話 今日は焼肉♪
いつもの帰り道。いつもの部屋。何も変わらない日常。その中に自らの手で持ち込んだ異物。黒い絶縁袋の口は閉じたまま、リビングの端に安置されていた。荷物を置くと、俺はまずこの袋の口を開けて、中身を存分に触った。これが、新しい俺の日常。
手を抜こうとした瞬間、ばち、と指先に静電気が走った。少し触りすぎたようだ。
今日はC君と約束していた、焼肉に出かける日だった。一度家に帰り、着替えた後に集合する手はずとなっている。店の予約などはC君が担当してくれたので、俺はただ、気楽に集合場所の駅に向かえばよかった。職員手帳とノートを鞄に詰めて、再び部屋を出る。
肉を食べるのは久々だった。
普段は少量食べただけでも胃もたれしてしまい避けていたのだが、今日はいくらでも食べられそうだった。
「うっま……」
焼いた肉を濃いたれに絡め、白い炊き立てのご飯に乗せ、頬張る。脂と米の甘みの調和を、酒の炭酸で流し込む。
「よく食べるねぇ」
「焼肉久々で。こんなに美味しかったっけ」
「焼いた肉が美味しくないわけがないからね。まだ頼む?」
「カルビ追加、あとハイボール」
「はーい」
C君は慣れた様子でタッチパネルを操作し、注文を済ませる。この店は旧型の配膳ロボが運搬を担当しており、人々の喧騒に混ざって合成音声が聞こえてきていた。
「ビビ君、そろそろ本題なんだけど、サキコの見た目についてだよね?」
「うん、七不思議には人によって見え方が違うって書いてあったな。C君から見たサキコってどうなの?」
「うーん、それがさ。顔の雰囲気が妹に似てるんだよね」
「妹?」
C君はスマホを操作して机の上に家族写真を置いた。C君と、人のよさそうなおばさんと、制服を着た背の低い女の子の三人が映っている。高校の入学式のようで、女の子はあどけない笑顔を浮かべていた。
「この小さいのがそうなんだけど……っていうと怒られるし、こう見えて気が強いんだけどね。どう、似てる?」
C君の妹は、彼と同じ一重瞼で、少し眠そうな目をしている。表情は明るいが、俺から見たサキコの顔ではないようだった。
「やっぱ違うかも。俺から見るとサキコって目力強くて二重だし、もっと丸目がちだったかな」
「へぇ、ホントに見え方違うんだ。なんでだろ、同じ顔のはずなのにね」
不思議だねー、と言いながらC君はスマホをしまい、網の上に新しい肉を広げた。じゅう、と脂の音がさらに食欲をそそる。
不思議な気分だった。
少し前の自分なら、誰かとご飯を食べに出て談笑している自分の姿なんて想像もできなかった。こんなに食欲がわくのも、人と話せるのが嬉しいと感じるのも初めてのことだった。
「ありがとな、誘ってくれて」
「ううん、こちらこそだよ。俺、友達らしい友達とかできたことないって言うか……孤立してたわけじゃないけど、遊びに行くほど誰かと親密になるようなことってなかったし。よかったらまた遊んでよ」
「うん、もちろん」
『おまたせしましたにゃ~』
可愛らしい掛け声で、先ほど頼んだ肉と酒が届けられた。空いた皿を下の籠に入れ、届いた皿を取る。配膳ロボは円筒型で、頭には猫の顔のようなパネルが取り付けられており、撫でると喜んだりするらしい。配膳を終えたロボはゆっくりと動き出し、キッチンに戻っていく。その途中、ドリンクバーを取りに来た子供たちによって進路を阻まれ、『通してほしいにゃ~』と困った様子で声を上げていた。
「アンドロイドの普及率ってどんどん上がってるらしいけどさ、ああいうのも残ったらいいよな」
「あ、珍しい。ビビ君って機械全般が苦手なのかと思ってた」
「そんなことないよ」
ひどいなー、と、新しく運ばれてきたハイボールを口に含み、笑った。
◇L10年10月25日(日曜)
家に帰ると、さすがに飲み過ぎたのか、久々の肉に胃が驚いているのか、気持ち悪くてたまらなかった。これは明日まで残るだろうな、なんて考えながら、俺は真っ先にトイレに駆け込んだ。
視界がぐるぐる回っている。
どうやってここまで帰ってきたんだっけ。
意識も記憶も途切れ途切れの中、俺は一晩中吐き続けていた。
朝が来て、外から鳥のさえずる声が聞こえだした頃、俺の身体はようやく落ち着きを取り戻してきた。
失った水分を補うべく、冷蔵庫を開ける。冷えた水のボトルを手に取り、キャップを開けた。
リビングに戻ると、いつもの癖で部屋の様子を確認した。ベッド、机、ビーズクッションと本棚代わりのカラーボックス。入所日にもらったミミのないネズミのぬいぐるみ。そして、萎んだ黒い絶縁袋。
「……は?」
手に持っていたボトルが滑り落ちた。ボトルの口から、冷えた水がどくどくと零れだしていたが、気に留めている場合ではなかった。
慌てて袋に駆け寄り、確かめる。中に入っていたはずの死体はどこにもなく、硬化した毒々しいピンク色のジェルの破片がわずかに残されているのみだった。
そしてよく見ると、カーペットの上にはぽろぽろと同じ破片が、ベッドの裏側へと続いているのが見えた。吐き気も、零した水のことも、息をすることさえ忘れて、俺はその破片を辿った。
「わ……」
そいつは窓と、木でできたベッドフレームの陰に体を丸めて隠れていた。
「お前……誰だ」
二つ結びの白い髪、青い瞳。着ている服も、サキコがいつも着ている紫色のパーカーだった。どう考えてもサキコのはずなのだが、それの身体はひどくボロボロで、首や太ももには継ぎ目のような線が入っている。そして何より、そいつの顔は生意気な玩具の顔ではなかった。
とろんとした眠そうで気弱な目にはクマのような色素沈着が起きていて、弱々しく不安げな表情を浮かべていた。
それは少し考え込んだのち、俺の顔をじっと見つめた。
「私の……役割を設定してください」
第二章はここまでとなります。
ビビ君、傷も癒えてC君とも仲良くなれて、よかったねぇ……作者はとても楽しい気持ちです。




