第九話 七不思議
「ほんとに何でもいいんですか」
「ええよ。わかる範囲しか答えられんけど。アレやろ、他の連中は何にも教えてくれへん~とかで泣きつきに来たんやろ?」
「え、ええまあ……大体は」
まだ出会って十分も経たないが、なんとなく彼女の人となりは掴めてきた。やや強引なところがあるが、印象は不思議と悪くはなかった。
「あの、まずはレオナさんの部門について教えてもらえませんか?」
「オウ。ウチらはその名の通り、MIMOたちの研究がメインの部門やね。彼らのデータを分析したり、実験したり、改良してみたり。ソフト面というよりはハードの問題を扱うことが多いわ」
ソフトよりハード、と聞いて少し落胆する。確かにとても興味のある分野だが、今知りたいのは内側の仕組みであって、ロボット工学についてではない。
「あ、今ちょっとがっかりしたやろ。失礼やなぁ」
「いえ、そんなことは」
「アンタ、自分で思ってるより顔に出るから気ぃつけや。それに物事は多角的に見るからこそわかってくることもあるねんで?」
「はぁ……」
「例えばやけど、MIMOはパーツを移植すると元の持ち主の癖が発現することがあるんよ。それがただのパーツの癖でも無さそうでな。最近の研究テーマはそれ」
「理由に心当たりはあるんですか?」
「パーツ内に元のMIMOの情報が残っている可能性はある。だからそれを探してんけど、いまだ未発見ってところやね」
どや、こういう話好きやろ、と呟いてドーナツを一つ取る。甘い匂いが充満しているものの、やはり食欲は沸かず、俺はコーヒーだけを啜った。
「……人間にもありますよね、臓器移植したら元の持ち主の性格が出てくる、みたいな話」
「あるな。不思議で面白いやろ。あー、語りたくなってきた。そんな時間とらせんから話聞いてもらえへんかな?」
レオナはずい、と前のめりになって大きく見開いた目で俺を見つめてきた。きゅう、と部屋の隅からチャッピーが鳴いていた。
「ええと、聞きたいです」
俺が答えると、レオナはコーヒーのおかわりを持ってくるとかで一度退室し、その際チャッピーも一緒に部屋を出たようだった。
「お待たせ~」
数分後、ニコニコと嬉しそうな顔でレオナがポットを持って戻ってきた。確信はないのだが、この時点で俺は少し嫌な予感がしていた。
「じゃ、話そうか」
◇
レオナの話を要約すると、人間もMIMOも情報は脳だけで扱っているものではなく、全身と情報交換を行って維持し、動かしているのだという。MIMOの中枢機関もまたBRAINというらしく、ハード面の仕組みや構造は人間を少し単純にした形に似ているのだそうだ。
記憶などの情報は人間なら脳、MIMOならBRAINに保管されている。これは実際間違いないと考えられているものの、長年の癖や繰り返してきた動き、経験は脳のみならず体にも蓄積される、というのがレオナの考えだそうだ。このことから、MIMOのパーツ移植は記憶や経験を引き継ぐものであり、BRAINとの情報交換の際、自身のものであると誤認するのではないか。
平たく言えばそのような内容だったのだが、様々な例え話や事例を引用され、話を聞き終わったのは夜の九時頃であった。
「ゴメンなぁ、話し始めるともう止まらなくて。今日はもう遅いから帰り」
と、結局他の話は聞けないまま夜のラボへと放り出されてしまったのだった。お腹空いただろうから、と、余ったドーナツを持たされたのだが、中身を確認するとイチゴ系のフレーバーだけちゃっかり抜き取られていた。
「きゅう」
A棟に戻る最中、中庭でチャッピーに再会した。相変わらずのほほんとした顔で、俺のあとをトコトコついてくる。
「お前、こうなることわかってただろ」
「きゅう?」
「あの人の話すごく長かったんだよ。面白かったけどさ」
「きゅるる」
「お腹空いたし、なんかちょっと怖くなってきたし」
「きゅー」
夜のラボはしんと静かで、もともと薄暗いのにさらに絞った照明に照らされて不気味だった。深夜の七不思議があった気がするが、まだ時間的には早いはずだ。それでも、遭遇しないことを祈る。確か、足音がどうとかあった気がする。裸足でひたひたと歩く音が、どこからともなく聞こえてくるのだそうだ。
「……じゃ、俺はそろそろ帰るから。お前も、自分の巣?とかなんかあるだろ、帰って休めよ」
「きゅう」
話が通じたのか、チャッピーはその場で立ち止まり、座った。随分と賢いというか、人間の振る舞いをよく見ているというか、空気を読むのが上手い動物なのだろう。どこぞのお手伝いMIMOIDとは比べ物にならない賢さだ。
チャッピーと別れてから、俺はまっすぐ更衣室を目指した。が、少し先で再び小さな足音が聞こえてきた。再び俺を追いかけてきたのかと振り返るも、そこにチャッピーの姿はなかった。
「チャッピー?」
きゅう、という返事はなく、俺の声が微かに響くのみだった。彼の足音が耳についてしまったのだろうと、俺は再び更衣室を目指して歩き出した。するとやはり、またあの足音がどこからかひたひたと聞こえてくる。よく聞いてみると、チャッピーが歩く時の爪の音はなく、それはまるで、人間が裸足で歩いているような……
俺はひとまず、大きく深呼吸をした。大丈夫だ。襲われるとか、危害を加えられるとかの類ではない。俺は、振り返ることなく先を急いだ。
◇
・BRAIN=MIMOの身体を動かしているOS。また、データの保管を行う。
→Dr.SでアクセスしているのはBRAIN?
・B棟。研究・開発部門がある建物。中庭を通して繋がっている。
壁のらくがきや足元のテープなど、幼稚園のような雰囲気。ただしちょっと不気味。
◇
◇L10年10月22日(木曜)
翌日の昼休み、チャッピーは田島の元から離れ、俺の方へと寄ってきた。
「おい、そこに誰かいるのか」と、中庭に田島の声が響く。
チャッピーは俺の足に頭をこつ、とぶつけたのち、嬉々として田島の方へと走り去っていったが、俺たちは慌てて撤退した。覗き見がバレたら、何を言われるか。俺とC君は急いで食堂に移動し、息を切らしながら席に着いた。
「危なかった……」
「ビビ君、いつの間にチャッピーと仲良くなったの?」
「昨日ちょっとね」
「あ、例の探索?どう、何かわかった?」
C君に聞かれて、昨晩遭遇した足音のことを思い出す。結局あの足音は更衣室に入るまでずっと聞こえていたのだが、正体に関しては分からずじまいだった。今はまだ、変に話して怖がらせない方がいいかもしれない。
「研究開発部門の部門長に会ったよ。チャッピーの案内でね」
弁当を広げながら、昨日、レオナに出会うまでの過程を説明した。どうやらC君もまだ、他の棟には行ったことがないらしく興味津々といった様子で聴いてくれていた。
「野良猫追いかけて迷い込むやつじゃん……」
「あ、確かに」
「それでどうだった?何かわかったことは?」
「MIMOIDの仕組みについて少しわかったよ。BRAINっていうOSみたいなものがあって、全身と情報のやり取りをしながら動いてるとか、パーツ移植すると癖とか性格に影響が出るとか」
「随分難しい話してるんだね……」
「ん。あ、あとドーナツもらったんだ。一個食べる?」
今日は弁当代わりに、昨晩持たされたドーナツを持ってきていた。量が多かったので手伝ってもらおうと思ったのだが、C君は首を横に振った。
「遠慮するよ。今日はほら……甘味災害の予報が出てたから」
「甘味災害?」
「うん。ビビ君もほどほどにしておいた方がいいよ」
C君は頷きながら、仕事用の端末で今朝配信されていたメールを見せてくれた。差出人はUnknownとなっている。書かれている内容も預言じみており、つまり差出人不明の迷惑メールだ。
「これも七不思議の一つなんだけどさ、時々こういうメールが届くんだ。内容は必ず当たるから注意して」
「ふうん。それでこの、甘味災害っていうのは?」
「ドーナツだよ。大量のドーナツがやってくるんだ」
「は?」
その時、ラボ全体に警報音が鳴り響いた。
『皆さん、甘味災害の警報が発令されました。ドーナツの強襲に備えてください』
毛繕い係のアンの声だった。
「まずい、戻るよビビ君」
C君はまだ食べかけの弁当を急いで片づけ、包み直して席を立った。今日はなぜか、いつもの大きなタッパーではなく普通サイズの弁当箱だった。
「え?なんで……」
「ここにいると腹ペコ認定されて被害が倍以上になるんだよ。俺は行くからね、じゃ!」
C君は慌てた様子で食堂の出口へと向かったが、同じく食堂から駆け出していく職員たちがつっかえてなかなか出られないようだ。彼らに倣って一応荷物はまとめたのだが席を立つ前にそれはやってきた。
「やぁ!ミンナお腹空いてるよね、ドーナツを持ってきたヨ!」
やけに明るくカタコトな日本語が聞こえてきて、職員たちが青ざめていく。
「はは……終わった……」
C君が諦めたような笑顔で席に戻ってきて、逃げ遅れたほかの職員たちも食堂内へと戻っていった。そして、大量のドーナツが詰まったコンテナとともに、金髪の大男……甘味災害がやってきたのであった。
まさかこっちにも甘味災害がやってくるとは……




