第八話 潜入!研究開発部門☆
◇L10年10月21日(水曜)
幼稚だと読み飛ばしていたラボ七不思議の一覧の、一番最初にその記述があった。
◇
七不思議その一・幻の部屋
誰も入った事がない。が、確かに存在するらしい。
普段何も無い壁に、入口が発現することがある。
◇
たったそれだけの記述であったが、恐らくあのメインサーバールームや、C君が見たという現象はこれのことだろう。そしてもう一つ、気になる項目があった。
◇
七不思議その二・サキコ
サキコの容姿について聞き取りを行うと、大まかな情報は一致するものの、詳細はそれぞれ違った感想を持つ。
以下はその例である。
共通点:白髪・ツインテール・青い目の少女
相違点:肌の色・体格・見た目の年齢等』
◇
すぐに検証可能な上、MIMOの仕組みに関わる重要な項目のはずだ。初級心得に書かれていた、容姿の言及を禁止する文言とも関連があると思われる。
昼休み、カピバラと田島の姿を確認したのち食堂に向かういつもの流れ……何故か日課になっている……のあと、思い切ってC君に訊ねてみることにした。
「C君、七不思議読んだ?」
「うん。最初に書かれてたやつだよね」
「そう。ただ、サキコについても気にならないか?二人いればすぐに検証できるし」
「あ。それはダメだよ、心得に反するから」
C君はキョロキョロと辺りを見渡した。昼休みということで、食堂は賑わっている。おばちゃんたちも目を光らせ聞き耳を立てていることだろう。
「……ここじゃまずいね。今度、外で話そう。それなら大丈夫だと思う」
「わかった。ありがとう」
終業後、ラボ内の探索をするつもりだと打ち明け、一応誘ってみたのだが、基本的にはバイトがあって、やはり参加は難しいとのことだった。壁についても何かわかればお互い共有しようということで一致し、昼休みは終了した。
◇
夕刻、文書管理室から退室すると、まず例の壁へと向かった。今日も壁は普段通りで、触っても押しても何の反応も得られなかった。手帳を開き、ラボ全体のマップを確認する。A棟は事務的な役割を持つ部署や資料の保管がメインの建物で、その他の棟にはそれぞれ研究部門、開発部門、回収部門などの実務的な部門が割り振られている。
回収部門については研修が行われたが、研究と開発については紹介さえされていなかった。おかげでどんな部門なのか、何をしている部門なのか見当がつかないが、名前からしてこのラボの主力部門にあたることは間違いない。とりあえずは下見だけでもしてみようと、棟を繋ぐ渡り廊下を目指した。
一階に降りて、白い窓枠の扉を開いた。
傾きかけた日光はもう届かず、影となった中庭がコの字型の通路に囲まれている。
目の前の通路の真ん中に、面長でぼんやりとした顔つきの動物が座っていた。
「きゅるる」
カピバラのチャッピーは俺を見るなり、高い声で鳴いて立ち上がった。思いのほかがっしりとした足でのそのそと近寄ってきて、何か言いたそうな顔で見上げている。
「……ゴハンは持ってないぞ。田島さんにもらってきな」
声をかけながらしゃがんでみたのはいいが、それ以上どう接したらいいのかわからなかった。撫でたりできるのだろうか。
動物とこれだけ近い距離で接する機会や経験は皆無に等しく、犬や猫ならまだしも、たわしのような見た目の大型なげっ歯類ともなると、余計に扱いがわからない。
「きゅう」
チャッピーは返事をするように鳴き声を発したが、微動だにせず眠そうな目で俺を見つめるのみだった。とはいえ、構っている時間もゴハンも持ち合わせていないため、彼とのコミュニケーションは断念する。
研究・開発部門のあるB棟を目指して歩き出すと、チャッピーも後を追うようについてきたが、ゴハンがないとわかればそのうち諦めるだろう。
B棟の雰囲気は、A棟とは全く異なるものだった。壁一面がポップな柑橘色で彩られ、デフォルメされた恐竜が街を破壊する絵が描かれている。かと思えば、色とりどりのドーナツやアイスクリーム、タコウインナーとおにぎり、風船とプレゼントボックスなどの絵が何の脈絡もなく描かれていた。
「なんだここ……」
「きゅー」
見える限り、この階の壁はぎっしりと絵で埋まっているようだ。床を見ると、ピンクと水色の線が引かれていた。ピンクを辿れば開発部門、水色を辿れば研究部門にたどり着くらしい。チャッピーが床に鼻を近づけ、水色のラインを嗅ぎながら数歩先に歩いて行く。
「そっちがおすすめ?」
「きゅー」
尋ねると返事をするように俺の顔を見て鳴くのだが、彼なりのコミュニケーションのつもりなのだろうか。既に帰りたい気持ちが半分、好奇心が半分。僅かに、好奇心が勝っていた。ここは一つ、チャッピーの気まぐれに付き合ってみることにする。
水色の線を辿っていくと、研究部門の札がかけられたエリアに出た。広いロビーは土禁のようで、床の色と同じ水色に塗られた靴箱が設置され、ラボ支給の白い靴がまばらに入れられている。
空いている場所に靴を置き、マットの敷かれたロビーへと上がる。休憩スペースも兼ねているのか、大小も形状も様々なビーズクッションやミニテーブルが乱雑に設置されており、実際に何人かの研究者と思わしき職員がクッションに埋まっていた。
皆、ピクリとも動かないが大丈夫なのだろうか。
天井を見つめたままぶつぶつと計算式を唱えていたり、目の下にひどいクマのある女性が、壁を見つめていたりするようだが。
チャッピーは慣れた様子でクッションの合間を進んでいき、虹を模した札のかかった扉を爪でカリカリと齧り始めた。扉の下部には動物用の小さな扉があったが、彼の大きさでは出入りができなかったのか、周囲に彼の爪痕と思われる傷がいくつも残っていた。
また、扉にかかっている札には『部門長の部屋』と、丸みがかった文字が書かれている。
それを見た俺はしゃがんで、チャッピーに小声で話しかけた。
「ホントにここ?」
「きゅるるる」
チャッピーは依然、カリカリと爪を立てながら鳴き、扉の隙間に鼻を近づけては匂いを嗅いでいる。MIMOの手掛かりを求めて来たのはいいが、いきなり部門長と対峙するのは荷が重い。
今日は撤退しよう。そう決めて立ち上がり、扉の陰に隠れながらチャッピーが入れるだけの隙間を作った。チャッピーが軽い足取りで部屋に入っていくのを見届けた後、扉を閉めようと引きかけた腕を素早く何者かに掴まれた。あまりの強さと唐突さに声も出せずにひゅっと息をのむ。
「誰やアンタ。ウチのもんちゃうやろ」
不思議なイントネーションの関西弁だった。ドアノブから手を離すと、扉が開かれる。
(終わった……)
心の中で呟いて、両手を挙げて降伏のポーズをとった。
◇
「ははぁ、それでウチのとこまで来たわけ。根性あるやん」
「あ、ありがとうございます……?」
部屋の主はレオナと名乗った。
オレンジ色の髪を二つの団子結びにしており、吊り気味の目は派手な黄緑色のアイシャドウが塗られている。頬にはソバカスがあるものの、色素の薄い肌にはよく馴染んでいた。
彼女は研究部門と開発部門の両方を束ねているらしく、主にMIMOに対する実験の監督、身体の改良などを行っているそうだ。
例の胃袋ユニットの開発者でもあるそうで、もしかしたら、所長なんかよりずっとすごい人なのではないだろうか。
ちなみに、チャッピーを追いかけていたら辿り着きました、という言い訳は嘘だと両断されてしまい通用せず、洗いざらい吐くまで返さないと立て籠られてしまった。結果、MIMOやラボについて知りたくて探索していました、と正直に白状することになったのだ。
「食べる?」
レオナはコーヒーとともに、ドーナツの箱を差し出してきた。壁にもドーナツの絵が描かれていたし、彼女のネックレスや指輪もドーナツを模している。説明されるまでもなく、相当なドーナツ好きであることが窺える。
「大丈夫です……」
「大丈夫じゃわからんから、yesかnoで答えてくれん?」
イエス、ノーの発音がやたら綺麗で、マリアナと同様、彼女も海外から来たのだろうか。それなら何故関西弁なのかわからないが、独特なイントネーションには説明がつく。
「の、ノー」
「そ、じゃあウチだけ食べるわ」
レオナは機嫌を悪くするでもなく、皿にストロベリーチョコのかかったドーナツを取り出している。彼女の部屋は狭く縦長で、窓の前には執務用のデスクが、壁には本棚が並び、手前側には応接用のソファーとローテーブルがなんとか設置されている状態だった。
レオナは自分用のコーヒーとドーナツの皿をテーブルに置き、向かいの席に腰を下ろした。
「さて、せっかく来たんやし何でも聞いてええで。ウチに答えられることなら話したるわ」
レオナさーん!関西弁がわからなすぎて作者自ら首を絞めることになっています。ぐえぇ。




