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君のための世界  作者: 宇宙ネズミ
第二章
15/16

第五話 自由研究

自分のデスクからノートとペンを持ち出して、食堂へと戻った。

心配するC君の声に適当な相槌を返しながら、持ってきたサンドイッチを二口で頬張り、がりがりとノートに書き込んでいく。

所長が言っていたこと、今日起きた事件、俺の意見を並べて書き出したところで、頭部に思わぬ襲撃を喰らった。


「アンタ食堂を何だと思ってんだい!ここでは仕事禁止だよ!」


「ぎゃあああ!」


こめかみを拳で挟まれ容赦なく締め上げられる。

ぐりぐりと容赦なく神経が集中する箇所を押され、頭部がぐにょぐにょに変形していくような錯覚さえ感じられた。

強烈な痛みにもがいても、痛みで上手く力が入らない上に、拳はがっちりと俺の頭部をホールドしている。


「ごめんなさい俺が悪かったです!」


「なんだって?!」


「俺が悪かったです!」


「じゃあ食堂では?!」


「し、しごときんし……!」


「フン、もう二度とやるんじゃないよッ」


やっとのことで解放されると、俺は広げたノートの上に倒れこんだ。

だから言ったのに、とC君が呟き、水を注いで来てくれたのをありがたく受け取った。


「ここはご飯を食べる場所だから、仕事は一切持ち込んではいけない、っていうおばちゃん達の方針なんだって」


「だからってここまでするか……?」


「するんだよ、おばちゃん達なら所長にだってやるね。副所長がやられてるの、見たことあるから」


「嘘だろ……」


すっかり力を抜かれたが、マッサージ効果もあるのか、意外にも思考はクリアになったような気分だった。

まだ痛みは残っているものの、憑き物が取れたような感覚だ。


「何故か、頭がスッキリしたような気がする……」


「合理的だよねぇ……ていうかビビ君、遅かったけど何してたの?ノートもいっぱい書いてるし」


「あ……さっき所長と話してて」


「えっ……」


C君は絶句したと思うと、真っ青な顔で俺の両肩を掴んだ。

反動で机が揺れ、その音を聞いたおばちゃんがぎろりとこちらを睨む。


「しょ、所長に会ったの?!無事?!何もされてない?!」


「え?」


「急に踊りだしたり怪物に食べられたりしなかった?!変な話をし始めたと思ったらぶっ倒れるとか、壁の中に消えていくとか!!」


C君から見た所長がどうしてそんなイメージになっているのか大変興味深いが、俺は無事だし所長も倒れてはいない。

もしかして、俺がまだ聞いていない話があるのだろうか。

どこまでも巻き込まれ体質なC君が、心の底から哀れに思えた。

壁の中に消える所長、については心当たりがあるが、今ここで素直に話すのは得策ではないように思えた。


「何もなかったし、普段通りの所長だったよ」


「そう……よかったねビビ君。所長、狂ってるから気を付けてね」


狂ってるのは同感だ。

おばちゃんは見逃してくれたのか、厨房の中へと戻っていった。危ないところだった。

一発だけならマッサージで済むが、二発目を喰らったらどうなってしまうか見当もつかない。


「そろそろ戻ろう、鐘が鳴ったらトラップが動き出すからな」


俺は、少し早めだが撤退を提案した。


「そうだね……おばちゃーん、さっきはごめんなさい!」


「はいはい、午後も頑張りなね!」



休憩から戻ると、俺は真っ先に司書のもとへと向かった。

FAIRYの記録を借りられないかと確認したところ、意外にもあっさりと許可が出た。

司書はあっという間に俺とサキコのこれまでの会話のすべてを抜き出したものを資料として作成してくれた。


「さすが司書さんですね」


「このラボネームをいただいた時は、自分が室長になるなんて思ってなかったんですけど」


「結果的にはぴったりですね」


と、短い雑談を済ませて席に戻った。

会話の記録、といってもサキコの言葉がほとんどであった。

両面印刷でも三枚分には達している……本当にお喋りな機械だ。


「そうそう、お二人に研修の案内が届いてます」


司書からクリアファイルが回され、デスクの境にファイルを置いた。

回収部門が主催するMIMOIDの説明と、簡易的な部門紹介が行われるらしい。


「出張に出ていた部門長が半年ぶりに戻ってくるとのことで。新人研修の一環なのですが、職員Cもまだ受けてませんよね?」


「あ、はい。確か俺と入れ違いだったとか」


「そうです。明日二人まとめて受けてもらいますので、そのつもりでお願いしますね」


わかりました、と返答してファイルは司書に戻された。

FAIRYの記録は一度ノートに挟んで引き出しにしまった。デスクの上を軽く整理し、午後の支度にとりかかった。



午後五時となり、終業時刻を告げるチャイムが鳴るとC君がものすごい勢いで部屋を飛び出していった。

導線を確保するために通路を塞いでいた書類とファイルを徹底して片づけたため、C君が退勤するまでの時間は先週に比べ二十秒ほど早くなっていた。

対する司書はやはり、帰宅する様子はなく画面に向かい続けている。


「司書さん、少し居残りしてもいいですか。ちょっと調べたいことがあって……仕事とは関係ないのでタイムカードは切っておきます」


「ふむ、自由研究ですね。それなら立派な業務範囲ですよ。あと三時間でミハリが来ますから、それまでならいいでしょう」


「自由研究?あの、でも個人的なことなので……」


「ラボでの調べ物が必要なことですよね?報告書さえ提出してくれれば業務とみなします」


「そう、ですか。ありがとうございます」


自由研究という単語に引っかかりを覚えつつ、俺は、午後一に作ってもらったFAIRYの記録を取り出した。

入所初日から、サキコはよく話しかけに来ていた。

ほとんど一方的なお喋りが続いており、会話という会話はほとんど成り立っていない。

初対面にありがちな質問から始まり、天気の話などの無難な内容、お客様相談室に落ちた際の説明なども切り抜かれていたが、アレが説明していた内容は副所長から聞いたものとほぼ同等だった。

マニュアル通りの質問、説明ばかりのようだ。

そこにほんの少し、愛想の良い崩れた言葉遣いが追加されている……そんな印象を受けた。


MIMOは対話が得意、と言っても所詮はこの程度である。

これなら、生成AIの方が役に立つ分幾分かマシだろう。


何か他に読み取れることはないだろうかと、何往復も読み返す。が、段々と文字が滑り出してきた。

息をついて記録を置くと、視界の端に処理しかけの報告書の山が映りこんだ。

一番上の内容は『休日の効率のいい過ごし方』とかいうもので、細かなスケジュールが円グラフにまとめられている。

他にも小説のプロットやポエム、夢日記、一週間分の献立リストだとか、食材の使い方や買い出しの計画、広告の切り抜きをまとめたものなどプライベートな内容の報告書を集めた山だった。

こうして文書管理に上がってくるということは、仕事として報告されていることになる。


「……司書さん。もしかして、買い物とか献立とかの報告書が上がってくるのは?」


「ええ、皆さん手が空いた時間で自由研究をしてらっしゃいますね」


「いいんですか、これ」


「まあ、うちではどんな情報でも貴重で大切なデータですからね。申告は多ければ多い方がいいんですよ」


「と言っても、ファイルに綴じたらもうほとんど読み返すこともないですよね?」


「全て電子データに変換済みですからね。実際の運用はコンピュータで行われますが、生データの保管も重要な業務ですよ」


司書の説明には、なぜこのデータを集めているのかという大切な部分が抜け落ちていた。

データを集めるにも、扱うにも、明確な目的が必要だ。

それに、ラボに情報提供をする職員の危機感のなさも今時信じがたい。


提出された報告書は電子化しているとのことだったが、処理が追い付かないほどの大量のデータ、それも極めて個人的で雑多すぎる内容のそれらにどんな用途があるのだろうか。

例えば献立を考える誰かのメモがあったとして、じゃあうちも今夜はカレーにしよう、などと参考にすることはあるかもしれないが……


ふと、脳内に何か電流が走ったような感覚があった。


もう一度、カレーのメモを脳内で想像する。

メモを書いた人物と、今夜カレーを作る人物は別人だ。

今夜カレーを作る人物に、大きなネズミのミミを生やしてみる。


「まさか、MIMOの学習元って……」


「もちろん全てではありませんが、皆さんの自由研究は大いに役立っていますね」


「……帰ります。お先に失礼します」


荷物をまとめ直し、司書に頭を下げた。部屋を出て、急ぎ足で更衣室へと向かう。一刻も早く、ラボから立ち去りたかった。



いつもの部屋。何も変わらない我が家。

朝出たときのまま、コーヒーを飲んだ後のコップや朝食の食器が狭いシンクに置かれている。

ベッド、机、ビーズクッションと本棚代わりのカラーボックス。

そして、ミミのないネズミのぬいぐるみ。

部屋の様子を確認して、ベッドの中へと潜り込む。

タオルケットを頭まで被って、世界から自分を遮断した。


明日、仕事に行くのが嫌だった。

MIMOの学習元、それは恐らくラボにいる職員全員だ。

あの報告書だけではない、FAIRYとかいう会話記録は、人間らしい会話形式や口調を学習するためのものだろう。

あのラボに勤めているだけで、知らず知らずのうちにMIMOをより人間らしく育てることになるのだ。


そう考えると猛烈に吐き気がした。

あんなもの、ただの人形遊びじゃないか。

何が感情だ。コピーの癖に。偽物の癖に。


それでも俺にはまだ、ネズミミ研究所に出向く理由があった。

少なくともこれで一つ、MIMOのことを知れたのは確かだ。

明日の研修でも、また何かわかることがあるかもしれない。


最悪な気分のまま、タオルケットの中で身体を丸めた。


Cの事件簿と合わせてここまで読んでくれた方はわかると思うのですが、作者はおばちゃんたちが大好きです。作者自身もよくお世話になりましたし、書いていて元気をもらえるキャラクターでもあります。

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