第二話 おつかい
ラボに勤め始めて二週間が経過した頃、社員証はLv.1(仮)からLv.2へと正式に昇格した。手帳を読み込んだり、C君という先輩からトラップの体験談を聞いたりと、ラボに関する知識も増えてきた。
俺でなくとも、多くの人が子供っぽいと切り捨てるようなことを大真面目にやってしまうのがラボの恐ろしいところだ。
C君から聞いた話の中には信じがたい内容も含まれていたが、もしその全てが事実であれば、いまだにこのラボに残り続ける彼の精神力の強さは相当なものだ。
本人は金のためだと主張しているが、半年の間に一体いくら稼いだら留まろうと思えるのだろう。
「いや、今仕事辞めたら次はないんだよ。アンドロイド作ってる俺たちが言うべきじゃないけど、アンドロイドのせいで仕事がなくなる人、多いみたいだし」
「まあ、そうだけど。選ばなきゃ仕事自体は色々あるだろ?人間を雇えば人数によって補助金が出る制度とかもあるわけだし」
「それも席数は決まってるんだよね。椅子取りゲームになってるし、その政策のせいで税金も上がってるしさぁ……消費税なんか18%だよ?総支給増えてるのに手取りが変わらないんだよ?悪夢だろこんなの……」
C君は隣で頭を抱えてしまった。無駄話で作業が止まればすぐに司書の咳払いが飛んでくるのだが、今回はタイミングが良かったようだ。
C君の主張も間違ってはいないのだが、俺には言い訳を並べているだけのように聞こえていた。
実際、あるところにはあるのだ、仕事も椅子も。
多少賃金は下がっても、希望する職でなくてもどこかで妥協し動かなければ、現状を変えることなんかできないのに、失うことを怖がったり嘆いたりしてその場に留まろうとするのは、責任を丸投げしたいか、そもそも危機感を感じていないのだ。
「現状を受け入れてるうちは、動こうとか考えられないからな」
「ビビ君、時々厳しいこと言うよね……まあでも実際そうかも。なんだかんだ言ってラボの仕事は慣れてきたし、不満がないわけじゃないけど今すぐどうにかしたいってわけじゃないし」
「それはよかったです。お二人がいなくなったら文書管理は大変なことになりますからね」
と、普段あまり会話に立ち入らない司書が口をはさんだ。
明らかに人員不足の文書管理では、この手の話は地雷だったのかもしれない。
「そういえばC君が来る前はどうしていたんですか?今の日勤、俺たちしかいませんけど……」
「ああ、ミハリ達を覚えていますね?彼らと三交代で回していたんですよ」
「ずっとですか?」
「いえ、先代の室長がいた頃もありますが……その話は今はいいでしょう。さて、ビビさん。今日も少し頼まれてくれますか?」
「あ、たまには俺が行きますよ」
と、C君が立候補するも司書は首を振った。
「ダメです。あなたはそのうち田島にとられそうで怖いので」
「それは俺としても困りますね。行ってきます」
えぇ……と小さく喚くC君だったが、実際のところ書類の運び屋をするのは一番新入りの役目なのだろう。
ふるいに掛けられているみたいだ。ラボの特性に合うか合わないか、というよりも、適応できるかできないか。
書類を受け取りにデスクに立ち寄ると、司書はPCで報告書を作成している途中の様子であった。
内容を深く追うことはできなかったが、目はいくつかの単語を拾い上げていく。
Cとの会話……傾向……MIMOに対する……否定……
「では、こちらをお願いします」
「あ、はい」
クリアファイルにまとめた書類を差し出され、それを受け取って文書管理の扉を開けた。
手帳を取り出し、今日のトラップパターンに合わせて移動を開始する。
その頃には司書のデスクで見た報告書の存在などすでに忘れていて、品質保証室までの最短ルートを脳内で組み立てていた。
「お前はホントに愛想が悪いな。よく見りゃお前、副所長にも雰囲気似てるんじゃねえか?あいつもずっと仏頂面でよ、これがまた何考えてんのかわからねェんだよ」
田島は、おつかいに来るのがC君から俺に代わってしまったことを酷く残念がっている様子だった。
その割によく喋るのだが、もしかしたら話せる相手がほしいだけで、誰が相手でもそんなに変わらないんじゃないかと思えてくる。
「田島さん、話し過ぎですよ。新人さんが困ってます」
「へいへい。今んとこ司書に渡すもんはねぇから、もう帰っていいぞ」
「はい、失礼しました」
「か~ッ!やっぱこれだぜ?張り合いってもんが」
「C君と大差ないですよ!いい加減にしてください!」
若い女性職員から叱責される田島を背に、品質保証から退室した。
ここのところ田島と言えば、アンやさっきの女性に叱られているか、カピバラのチャッピーと戯れている姿ばかりを目撃している。
初見時のような威圧感は既に無く、デリカシーがなく声がでかいだけの普通のおじさんになってしまった。
用事を終えて文書管理室に戻る最中、給湯室の前を通りかかった。
ここにはポットやインスタントコーヒーが用意されており、いつでも自由に使用していいことになっている。
狭く小さいが、テーブルセットも用意されているから休憩をとるにはちょうどいい場所だった。
コーヒーでも飲んでから戻ろうと扉を開けたのだが、その中には一番遭遇したくない相手が待ち構えていた。
「あれ?ビビじゃんお疲れ~」
白髪を二つに結んだ青い目のMIMOID、サキコだった。
大きなネズミのミミがついたMIMOは調理や飲食店では不人気なのだが、その理由も致し方ないことだろう。
こいつがいる場所で、コーヒーを入れようなんて気分にはなれそうもない。
俺は黙って扉を閉め、休憩は諦めて文書管理室へと歩き出した。が、サキコはのんきな顔で俺の後を小さな歩幅で追いかけてきた。
「ビビ待ってー最近どうよー」
「ねね、なんでいつも無視するのー」
「えーん、ビビが構ってくれなーい」
「逃げるな卑怯者~」
「おい、それは人間側のセリフだろ」
「はーい、反応したからビビの負けー!」
きゃはは、と、サキコははしゃいで飛び跳ねている。
一体何が可笑しいのかと苛立ちを募らせながら、わかりやすいよう大きくため息を吐く。
「はぁ、わかりました。何か用ですか、ないですね、ならここで会話は終わりです」
MIMOに興味がないわけではない。
が、喋りたいわけでもない。接触は最低限に留めたかった。
「待って待って早いって。最近会えてないからどうしてるのかなーと思ったの。仕事どう?順調?」
「ええ、おかげさまで。サキコさんも暇なら品質保証に行ってみては?田島さん、お喋りできる相手が必要そうでしたよ」
「あー、田島ね、うん。あいつ『でりかしー』がないから行かない」
「MIMOのくせに気にするんですね」
サキコをはじめMIMOは単純作業よりも対話が強みだという特徴があるが、その分指示を出すときにはわかりやすくはっきりと伝えることが大事になる。
こちらが提案の形で指示を出したつもりでも、サキコの解釈次第では指示として認識しないようだ。
「で、他になんかお仕事ないのん?」
「ないですね。今から戻るところなんで、邪魔しないでください」
「わかった!他あたってみるね、ありがとー」
邪魔をするな、という指示は無事に伝わったようだ。
サキコは早速反対方向へと元気よく駆け出して行った。
やっと面倒なものから解放されたと、文書管理に向かおうとして、足を止めた。
今日確認したトラップ位置によれば、サキコが向かった先にはジェルトラップが仕掛けられている。人間にとっては致死性のない悪戯だが、MIMOにとってはどうだろうか。
いや、わざわざMIMOを壊すような仕掛けを施しているはずがない。
ただ万が一、俺の指示が原因でMIMOが壊れた場合、その責任は誰のものになるだろう。
MIMOには人権がない。従って、負うべき責任もまた存在しない。
でも、サキコもああ見えてベテランだ。
トラップ位置やパターンなど、覚えているに決まっている。
MIMOの心配なんて馬鹿馬鹿しい。そう一蹴して、再び歩き出そうとした瞬間、遠くで小さく悲鳴が上がった。




