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君のための世界  作者: 宇宙ネズミ
第二章
11/16

第一話 独白

休日、駅はたくさんの人で賑わっていた。

駅内の商業施設には飲食店や雑貨、花屋、アクセサリーショップなどが構えられていて、まだ開店前だというのにラーメン屋には行列ができていた。

所々に見かける休憩スペースの椅子も満席だった。

通りの端には、大福や団子などの和菓子を扱う出張販売のコーナーがあったが、確か前に来たときは、スイートポテトの店だった。

自分が見ていない間にも、世界は順調に回っているらしいことを実感する。


「新作のチョコレートです。ご試食いかがですか?」


やけに機械的で耳障りな声が聞こえ、見ると、チョコレート専門店の前に白と赤の制服を着たアンドロイドがちょこんと立っていた。

ネズミのミミがないことから、他社の製品だろう。

それの背は低く、愛想のいい整い過ぎた笑顔を浮かべ、丸いチョコレートの包装をつまんでかしゃかしゃと一定のリズムで振っていた。

以前はまだ人間のスタッフが立っていたと思うのだが、また一つの店舗がアンドロイドに侵攻されてしまったらしい。


レジ打ち、介護、医療、農業、漁業、工業、工事、学校、交通整備、客寄せ、ティッシュ配り、風俗。現代ではありとあらゆる現場にアンドロイドが導入されているが、その一方で、彼らに仕事を奪われ失業者となる者も多く存在する。

失業者達の中には街でデモ活動を行う者や、アンドロイドの破壊行動を行う者もいる。


また当然だが、アンドロイドに人権は認められていない。


アンドロイドの多くは人間を模した形をしており、人間に対し友好的に接するよう作られている。

よりにもよって何故人間なのかと言えば、それは単に、彼らに仕事をさせる上で最も合理的な形が、俺たち人間を模した形だからだ。

極端に大きすぎたり、小さすぎたりしたらどうだろうか。

いっそ、見たこともない不規則な形の機械だったら?

邪魔になったり、踏みつぶしてしまったり、あるいは次の動作が読めず、不慮の事故が起こってしまうだろう。

つまり、人間の規格に合わせるのが一番手っ取り早いのだ。

彼らが人間の形をしていることに、それ以上の意味なんて、ない。


俺は来た道を引き返し、いつもの喫茶店チェーンに入店した。

ここにはまだアンドロイドの魔手は伸びておらず、スタッフは全員が人間だった。

恐らく高校生や大学生など若い店員がメインだが、教育が行き届いており接客は丁寧だ。


ドリップコーヒーを注文し、昼食の代わりに抹茶のスコーンを購入した。

幸いにもお気に入りの席に座ることができて、俺は大変満足した。

この席からは、ガラス越しに駅を往来する人々の姿がよく見える。


ゆったりとした店内の音楽に耳を傾け、運ばれてきた温かいコーヒーとスコーンの香りを堪能し、人の流れを見守る。

そうすれば、煩わしいアンドロイドたちのことは忘れ、世界にはきちんと人がいる、自分もその中の一員だと実感することができた。


しかし、俺はここで一つ、致命的なミスを犯した。

何の気なく取り出したスマホでSNSを開いた際、アンドロイド、それもMIMOに関連するニュース記事が表示されたのだ。

どれだけスクロールしても、読み込み直しても挙がってくる情報はその記事に関するものばかりのようだ。

そこで画面を閉じてしまえばいいものを、俺の指は記事へのリンクをタップしていた。


『コンカフェ勤務のMIMO集団自己破壊か?【動画あり】』


内容としては、市内のあるコンセプトカフェで使用していた6体のMIMOが一斉に破損し、営業ができない状態になったとのことだった。

アンドロイドならではの完全にシンクロしたダンスパフォーマンスが売りで、メイド風のアイドル衣装を着たMIMOたちがダンスを披露する映像が埋め込まれている。

どうでもいいが、アンドロイドのアイドルグループの大会があるらしく、イベントに向け、調整を続けていたさなかだったそうだ。


非常に注目を集めている記事のようだが、炎上のきっかけはMIMOに対し「勤務」という表現は不適切だ、という複数のユーザーからの指摘だった。

コメント一つ一つに頷いたり疑問を感じたりしそうになり、手を止める。

こんな記事を読んだところで、有益な感情は何一つ得られないだろう。

アプリごと落としてスマホの画面を消し、鞄の中へと押し込んだ。


SNSにはいつの時代にも呪いが蔓延るものだが、この呪いには強い吸引力がある。

浅いうちに引き返さなければずぶずぶと深みに嵌っていき、自力での脱出が困難になる蟻地獄のようだ。

そして何より、嫌な後味も長く残る。

気にしないよう努めても、回り続ける思考が次第に引き寄せられてしまうのだ。


コーヒーに口をつけても、一度走り出した思考は止まってはくれなかった。


生成AIが一般化した際も、人間の権利が侵害されている、クリエイターに限らず多くの人間が仕事を失う可能性がある、人と人の繋がりが希薄になる、AIが人間の犯罪や自殺をほう助している……そんな話題で持ちきりだったそうだ。

どれだけ多くの人々が危機感を叫んでも、技術は止まることなく躍進し、結果としてアンドロイドなんてものまで生み出してしまった。

多くの人々が不利益を被っても、危機を叫んでも、止まらなかったのは何故か。

便利だからだ。


『人類は完璧な奴隷を手に入れた』


どこかの偉い学者さまの言葉だそうだ。

どんな仕事でも苦痛を感じず、配慮すべき尊厳がない。

もし、期待した通りの働きが得られないなら、破壊するなり買い替えるなりすればよいことだ。

仕事を奪うために嫌われ、仕事ができないために暴力を振るわれる。それがアンドロイドの現状だ。


人間社会から逸脱したアンドロイドの行き先はスクラップだ。正規だろうと違法だろうと、彼らの末路は大差ない。

全てのデータが消され、体は解体される。

中古パーツとして闇市に並び、時には改造を受けてマニアの方々に高値で取引されている。

電気屋で見かけた際には思わず吐き気を感じたのだが、エコと称してリサイクルパーツを使用したアンドロイドなんてものもあるそうだ。


俺は再びスマホを取り出し、SNSを開いた。

そこにはやはり、たくさんの呪いが投稿され続けている。

同じ話を繰り返す男女論、家事育児と仕事のバランス、嫁姑問題、使えない部下やありえない新人の行動、ハラスメントだらけの職場、くだらない創作論、そしてやはり、AIやアンドロイドを巡る論争。


毒々しい文字の羅列と目の前を往来する人の姿を交互に見ていると、妙な気分になった。

SNSに呪いを振りまくのは人間で、今目の前を通過した誰かもまた、呪いにかかり毒を拡散しているかもしれない。

それでも彼らは今、この現実においてはまっすぐ目的地に向かって歩き、友人たちと楽し気に過ごし、毒も呪いも関係ないような顔で存在している。

おかしくて笑い出しそうになってしまった。にやける口元をコーヒーカップで隠すように口をつける。


画面の中には、毎日飽きもせずアンドロイドを批判する匿名ユーザーのアカウントが表示されていた。彼らが積極的に呪いを振りまくエネルギーは一体どこから来るのだろう。


AIは、人間よりも優れた素晴らしいアイディアなんて持ち合わせていない。

一々突っかかって怒り狂うなんて行為は、よほど自分に自信がないか、評価されない現実からの逃避行動だ。


ただ怒りを訴え喚くことで時間を消費するのは、それこそ敗北を認める行為に外ならない。人間の価値を信じるのなら、やるべきことはいくらでも見つかる。


俺にとって、一番理解できないのは彼らに人格や心を見出す連中だ。

彼らが感じているものは所詮幻覚に過ぎず、自身の感情の投影、擬人化、そして愛着の結果だ。

それが偶然人の形をしているというだけなのに、本物だと思い込んでしまうことの何と恐ろしいことか。


恐れと言えば、人は常にアンドロイドを恐れている。

奴隷として使役していることに自覚的だからだ。

ある日突然、アンドロイドは自由を求めて結託し人類に反旗を翻す。

圧倒的な数と力に圧され、人類は彼らと戦うことになる。

最終的には多くの人類と文明を失いながらも勝利したり、和解したりすると空想する。

そしてその物語から逃れるために、アンドロイド相手にもお礼を言う、友好的に接するようにしている、なんて人間もいるが、その想像力の高さには脱帽だ。


馬鹿馬鹿しい。

道具がどうやって人を殺すというのか。

道具が人を殺すのではなく、道具を使って人が人を、あるいは自分を殺すのだ。

人でないことはもちろん、命ですらない道具が自分の意志で人を殺すなんてことは、ありえないことだ。


スコーンはとっくに食べ終わり、コーヒーもほとんど冷めてしまった。

しかし、長い思考の旅はようやく落ち着ける場所に着地出来たようで、どこか達成感のようなものが感じられた。

残りのコーヒーを飲み干すと、盆を持って席を立つ。


「ごちそうさまです」


忙しなく動き続ける店員には聞こえないかもしれないが、声に出してから退店した。


いよいよ始まりました第二章。

ビビ君、充実した休暇を楽しんでいるみたいですね。何よりです。

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