誓い
母方の祖父が癌と診断されました。体調が思わしくないため、今後の更新頻度が下がります。
読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます
盤が整うと、私と小さなエダが交互に駒を配置していった。私は主力を中央に集中させ、中路を固めた上で左右の翼に展開する布陣を選んだ。エダは逆に、主要な駒を左右両翼に振り分けた。
「このゲームは挟み撃ちで駒を取るんでしょう? どうして中央にこんなに兵力を置くの?」
エダが赤子のように白く柔らかな頬を私に向け、困惑した目で布陣を見つめた。
「敵に質問してどうするんだ。答えないよ。答えたとしても嘘が混じってるかもしれない。自分で考えないと」
そう言いながら駒を動かし始めた。左翼に伏兵を仕掛けるつもりだった。
「自分で考える……?」
エダの瞳に困惑が浮かんだ。盤面をじっと見つめ、私が左翼を動かしたのを見て、自分も左翼の駒を動かし始める。両翼の優勢を活かして攻勢に出るつもりらしい。
「そう。自分で判断したことだけが、いちばん信頼できるんだ。父がそう言ってた。誰だって目的があれば人を騙す。いちばん近しい人間でも」
「じゃあ、さっきの言葉も目的があって騙してるの?」
エダが突然、盤面から視線を外して私を見た。
「げほっ」
「安心してちょうだい。アンビティ弟はそういう人間じゃないわ。少なくとも今はね。いつか行動で証明してくれるはずよ」
「"少なくとも今は"って何ですか。褒めてるんですか貶してるんですか」
「聖女お姉ちゃんの意味って、将来はそうなるかもしれないってこと?」
「違うわよ、気にしないで」
「じゃあヴィエルヤお姉ちゃんは黙っててもらえませんか。人の対局を見てる時はおしゃべり禁止って言うでしょう」
「もう、お姉ちゃんはもっとおしゃべりしたかったのに」
「ん、もういいですから。邪魔しないでください。集中して盤面に没頭したいんです」
「じゃあ、アンビティ弟の頭を撫でるくらいはいいでしょう?」
「……いいですよ」
「ずっとアンビティ弟の頭を撫でていられたらいいのに。えへへ」
「わたしも……」
「撫でたいの? 撫でられたいの? エダ妹」
「撫でたい」
聖女はさっきの沈黙の約束をあっさり無視し、エダに話しかけていた。私には直接話しかけなければセーフとでも思っているのだろう。
少し卑怯だとは思ったが、おしゃべりが続く限りエダの注意力も散るはずだ。子どもの負けず嫌いが、それは自分に有利だと判断を下した。止めずに黙認し、思考に集中した。
対局が進むにつれ、当初の計画通り両翼の布陣が完成した。わざと隙を見せる。焦って攻め込んだ小さなエダは、すぐにその罠にかかった。両翼の兵力を中路から切り離し、一直線に突進してきた。
「ほらね。挟み撃ちがルールなのに、どうして両翼に兵力を置かないの?」
エダは自分が嵌められたことにまだ気づいていなかった。嬉しそうな笑みを浮かべている。その一瞬、妹の姿が脳裏をよぎった。壊すのが忍びないような気持ちが湧いたが——その感情と勝利を天秤にかけて、最終的には勝利を選んだ。
「僕の不注意でした」
「見かけに惑わされちゃだめよ、エダ妹」
「え? でもわたし、もう勝ちかけてるよ?」
勝利の確信を抑え、わざと劣勢を装った。聖女がその時だけ的確な助言を挟んだが、幸いエダはまだ見抜いていない。こちらの想定通りに進軍を続け——最後に中央の軍で分断され、切り刻まれた。焦りによって脆くなっていた戦線が一気に瓦解し、エダの駒は全滅した。
「どうして……さっきまであんなに有利だったのに」
「だからお姉ちゃんが言ったでしょう。見かけに惑わされちゃだめ。チェスだけの話じゃないの。他のことにも通じるわ」
「うう……きっとこの棋が不慣れなだけだもん。ウニスの王棋をやろう」
エダの注意はすっかり盤面に吸い寄せられ、先ほどまでの家族の悲劇を一時忘れていた。意気揚々と新しい遊びを持ちかけてくる。
「それは何? 僕はやったことがないけど」
「私たちイミタート人をはじめ、たくさんのウニスの民が遊ぶ棋よ。一方が包囲された王を演じて、もう一方が包囲者を演じるの。駒の取り方は聖タク兵棋に似てるけど、違うのは片方の目的が逃げることなの」
「じゃあ、どっちが王になる?」
「あなたにして。だって、わたしはもう教会に入っちゃったから……」
「エダ……」
私は再び卓を離れた。聖女が撫でていた手から頭が離れる。——エダのもとに歩み寄り、もう一度、大きく抱きしめた。
——
聖タク暦一七五八年。内戦はすでに勃発していた。リングァが反対派の貴族に刺殺され、宮相がその幼い息子を擁立して皇位を継がせた。だが各地に封ぜられたロングス一族の血縁者たちは、それぞれが王位の継承権を主張し、次々と地方で貴族を取り込んで皇帝を自称した。後世「諸王戦争」と呼ばれる内戦が、正式に幕を開けた。
この年は多くのことがあった。だが最も深く記憶に刻まれているのは、エダとの一度の会話だった。帝都に滞在していた私は、再び聖女に呼び出された。今回は理由すら取り繕わなかった。ただ顔が見たかった、とだけ。
総教会堂で聖女と会った後、エダと二人きりで会った。父が帝都にいくつかの所領を買い、宮廷の職に就いてからは、年のうちかなりの期間を帝都と自領の間を行き来して過ごすようになっていた。そのため教会堂への訪問も頻繁になった。初めの頃、エダはまだよく悲しみの表情を見せていた。だがやがて、私の姿を見れば例外なく笑顔を浮かべるようになった。
今日——久しぶりに、エダの顔に悲しみを見た。彼女がこう訊いてきたのを覚えている。
「アンビティ、わたしは一生教会にいるのかな。昔から、教会に入れられた女の人たちって、すごく可哀想だと思う」
「そうだな。継承権も財産も失う」
「そういうことじゃないの。教会に入るっていうのは、一生ひとりでいるってこと。好きな人がいても一緒になれない。本当は愛し合うはずだった二人が、政治のせいで引き裂かれる」
「じゃあエダはどうなんだ。急にそんなこと訊くのは、教会を離れたいってこと?」
「聖女お姉ちゃんは確かにとても良くしてくれる。でも、わたし……」
「わかった。もしそう望むなら、いつか必ず方法を見つけてみせる。その道でどれだけの血が流れようと、どれだけの反対があろうと。誓う。——一七五三年にした誓いと同じように」
「それって……わたしに求婚してるの? 聖女お姉ちゃんがあの誓約のことを教えてくれたんだけど、あれって——」
「違うよ。純粋に、力になりたいだけだ」




