妹の逆鱗
昨日更新しなかったのは、Europa Universalis IVにハマりすぎたからです。(=TェT=)
「お兄ちゃん、お姉ちゃんにも同じものを用意したの? それとも、わたしだけ?」妹は錦を受け取り、指先で金糸の文様をそっと撫でながら、首を傾げてこちらを見た。
「こんなに貴重だって言っただろう。遥か極東から、いくつの国を経て運ばれてきたかもわからない代物だ。だからおまえだけに。おまえだけのものだ」
「わぁ、ありがとうお兄ちゃん。ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう!」妹がまた興奮して抱きついてきた。何度も何度も飛び跳ね、小さな唇が頬中に口づけの嵐を降らせる。肩にかけた外套が激しく揺れ、さらさらと衣擦れの音を立てた。——妹の今の心の弾みそのものだった。
「そんなに喜んでくれるなら、一つ約束してくれないか」
「何? わたしが一番好きなのはお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんと一緒のことなら何でも約束するよ」
「お兄ちゃんが何をしても、怒らないでほしいんだ。いいかな?」
「変なの。お兄ちゃん、わたしに対して何かやましいことでもしたの?」妹が指を口に含み、もう一度首を傾げた。大きな目をまんまるに見開いて。——本当に、たまらなく可愛い。
「ゲホン。そんなわけないだろう。お兄ちゃんがこんなにおまえを愛してるのに、そんなことするはずない」
「でもお兄ちゃん、目が泳いでるよ。ほんとう?」
「こういうことなんだ。帝都では新皇帝の選出を巡って、深刻な政治的対立が起きただろう?」
「知ってるよ。お兄ちゃんがその対立の中で決定的な役割を果たしたんでしょう? 首都の衛戍軍を掌握して政変を起こして宮相を殺害した。その後に粛清もあったって聞いたよ。ピラタ王ブリヌスを支持していた貴族や官吏が、教会の審判のもとに反逆罪と背教の罪で裁かれたって」
「そう。その関係者の中にお兄ちゃんの旧知がいてな。だから……その、帝都に置いておくのは危ないと思って、ここに連れてきて匿うことにしたんだ」
「ふうん。でもお兄ちゃん、どうして代名詞を使わないで"人"って呼ぶの? お兄ちゃんの話し方の癖じゃないよね、それ。もしかして——女の人?」
妹は首を傾げた姿勢のまま、瞳の焦点がじわじわと絞り込まれていった。真っ直ぐに、私を射抜くように。
「あー……」
「そういえばお兄ちゃん、すごく厚着してるよね。さっきは会えて嬉しくて気づかなかったけど、どうして首のあたりをそんなにきつく巻いてるの?」
「前に狩りをした時にちょっと怪我して、隠してるだけだ」
「じゃあ見せて? 妹がちゅーしてあげたら、痛いの飛んでいくよ」
「いいよ、傷がけっこうひどくて、怖がらせちゃうから」——そういえばいつ巻いたんだろう。寝ている間か。誰がやってくれたのかわからないが、感謝しなければ。
「お兄ちゃんが怪我してたら、怖がるんじゃなくて心配するに決まってるよ」
妹がそう言いながら、素早く首元に手を伸ばしてきた。慌てて身を捻って躱したが、もともと密着していた距離だ。結局、襟を解かれてしまった。——咬痕と抓り傷だらけの首筋が、露わになった。
「あはっ。お兄ちゃん、狩りでこんな傷になるの?」
「あの、あの、あの」
妹の瞳から、さっきまでの可愛らしい興奮の色彩が一瞬で消失した。灰色に、塗り潰された。
「ああ、わかった。"人"っていう動物と格闘したんだね?」
「ああ、そう」
「"そう"じゃないでしょ! これのどこが狩り? 格闘? お兄ちゃんはどこの誰とも知れない卑しい女と何かあったんでしょう! ああ、答えて、答えてよ」
突然暴走した妹が蛸のように私に巻きついた。手も足も総動員でしがみついてくる。落とさないように、膝を軽く曲げて妹のお尻を支えるしかなかった。
「怒らないって約束したじゃないか」
「約束なんかしてない。お兄ちゃんとその卑しい女はどういう関係なの。首の傷はどういうこと。お兄ちゃんまさか外に隠し子までいるんじゃないでしょうね? ああ! 言って! 白状して!」
妹が耳に向かって絶叫した。鋭い声が頭蓋を突き抜けていく。鼓膜が破れるかと思った。
「声を下げてくれ、耳がおかしくなる。隠し子なんて尚更でたらめだ。まあ確かに、何と言うか——」
その瞬間、また頭痛が襲ってきた。
「"何と言うか"何!」
妹が再び耳元で叫んだ。頭痛と絶叫の挟み撃ち。膝から力が抜け、妹の体重を支えきれなくなった。妹が服を掴んだまま引きずるように滑り落ち、二人とも床に崩れた。
「うわぁんお兄ちゃんやっぱり変わっちゃった。前はこうしてもずっと抱っこしてくれて、絶対落とさなかったのに!」
妹は喚き続けながら、頭で私の脚にごつんと突進してきた。踏ん張りきれず、私も地面に倒れ込んだ。
「違う、お兄ちゃんの体調が——」
「あんな卑しい女に体力を使い果たしたからに決まってる。お兄ちゃんはもう呪われたんだ。あの女はぜったい邪悪な魔女!」
「政治的な庇護だって言ってるだろう。咬痕と抓り傷は、俺が彼女を裏切ったことへの当然の報いで、おまえが想像してるような意味じゃない」
「そんな意味じゃなくても! 突然どこかの野良女がわたしのたった一人の大切な、たった一人の愛するお兄ちゃんの身体にこんな痕をつけるなんて許さない! わたしが上書きしてやるんだから!」
そう叫ぶなり、妹は私の膝を伝って這い上がり、全身で覆いかぶさってきた。柔らかな舌が、さっき顔を拭いてくれた布のように、顔中を出鱈目に舐め回す。縄張りを主張する子犬そのものだった。
散々舐め続け、顔が妹の唾液でべとべとになった頃、陣地が耳へ移った。耳朶を口に含み、柔らかく温かい舌で弄ぶ。それから耳の内側に忍び込み、渦巻きに沿ってくるりと円を描いた。くすぐったくて熱い感覚が再び襲ってきて、神経を刺激する。——さっきの絶叫への詫びとでも言うつもりか。そういえばこの数日で舐められたのは、これで何度目だろう。
「終わったか」
左右の耳を舐め終えたところで、思わず訊いた。
「終わるわけないじゃん。咬痕と抓り傷も上書きしなきゃ!」
そう宣言すると同時に、首に猛烈な噛みつきが来た。チェルシーよりも力が入っている。続いて手が背中に潜り込み、鋭い爪が上下に引き裂くように走った。皮膚が破れる痛みが走り、紫色の咬痕が浮かび上がっていく。
「痛い? お兄ちゃん」
「当たり前だ」
「じゃあ、ふーふーしてあげる」
妹が脈絡もなくそう言って、自分でつけたばかりの傷痕にそっと息を吹きかけ始めた。
「わたしの心はこの千倍痛いんだからね。一万倍痛いんだからね。怪我してるのはお兄ちゃんだけど、本当に傷ついてるのはわたしの心なの」
なかなか奇抜な理屈だ、と思わずにはいられなかった。この論法なら、殺した宮相に対しても「弓矢で射殺したけど、俺も悲しかった」と言えてしまうではないか。
「お兄ちゃんが帰ってきたこと、フレディお姉ちゃんに使いを出して知らせたからね。来たら、お兄ちゃんの浮気のこと全部ばらしてやるの。木剣でぼこぼこに叩いてもらうんだから」
ああ、本当に——女が四人揃えば芝居が一幕。もう人間関係の面倒を見たくない。政務を処理させてくれ。頼むから少しだけ事務仕事をさせてほしい




