薬屋のエルフ
エルフの店を見つけたのは魔術学院入学前の、魔力回復薬が使えぬとわかって程なくの頃だった。
いつものように小遣い稼ぎをしようと街を歩いていた時のこと。
その頃はまだ魔術具への魔力の注ぎ加減がわからず、量を見誤って魔力が枯渇寸前になっていた。
「たりないまりょく、きけばいい」
こっちだ、こっちだと。
リューリクを心配した精霊たちに案内されるまま足を進めた先に、その店はあった。
決してわかりやすい佇まいではなく、ひっそりと、わかる者だけが見つければ良いと、そんな店だった。
扉を開くと、ツンと薬の匂いが鼻を突き抜けた。
吊り下げられたいくつもの薬草と思しき植物たちと、棚一面に並べられた液体の詰まった小瓶たち。
カウンターに突っ伏していた金色の頭がもぞりと動き、絹糸のように細い髪がサラリと流れて眠たげな新緑の瞳がリューリクを捉えた。
流れ落ちた髪の合間から長耳が見えて、エルフだとリューリクは小さく息を呑んだ。
エルフはリューリクを一瞥すると、その美しい顔の眉間に皺を寄せて言った。
「死にたいのか。魔力が随分と減っているようだが」
「死にたくないから、来たんだけど」
挑発的な笑みを浮かべて言い返せば、エルフは嫌そうな顔をした。
どうやらエルフは、見ただけで他者の魔力量がわかるらしい。
「魔力回復薬を使えばいい」
「使えないから困っている」
人がいる時は近寄らないようにとリューリクから指示を受けている精霊たちは、そわそわと落ち着かない様子ながらもリューリクとは距離を取り、エルフへとすり寄った。
「見ない顔だ。そなたが連れてきたのか?なるほど、それで……。精霊使いということか」
エルフは自身にすり寄ってきた精霊たちを面倒くさそうに見て、カウンターに液体の入った小瓶をいくつか並べた。
「私の魔力回復薬ならばそなたでも使える。必要な魔力量がどれくらいか自己判断できるか?」
「金がないので、安く済むもので頼みたい」
「私の店に安物はない」
「では一番魔力回復量が少ないものを」
エルフは大きなため息を吐くとカウンターを出てリューリクの腕を取った。
「なにを……!」
突然のことに戸惑っていると、エルフの触れたところからスッと魔力が入り込んできた。
エルフの魔力の特性故か、リューリクの魔力は反発することなくその魔力を受け入れ、魔力に餓えていた身体は、素直にその魔力に飛びついて「もっと欲しい」とその魔力を多く引き出そうとする。
慌てて腕を引こうとするも、エルフの力が強くて逃れられない。
「離せっ!」
このままではこのエルフの魔力を吸い尽くしてしまうと、リューリクはざっと顔を青ざめさせた。
他者から魔力譲渡をされるなど、魔力の扱いに慣れるためにと幼い頃、母にされたきりだ。
流し込まれる魔力の制御など、リューリクはできない。
ぐるりとエルフの魔力が全身を回りきったような感覚を覚えると、エルフは掴んでいた腕を離した。
「それほど枯渇させていて、なぜ動ける」
奇妙なものを見る目をするエルフにリューリクは首を傾げてみせた。
エルフの手から逃れた腕を自分の身体に引き寄せて、体内の魔力の流れを確認する。
異常はないようだと安堵して、いきなり何をしてくれるとリューリクはエルフを睨みつけた。
「少し足りないだけで、生活するには困らない」
嘘だ。
悪寒はずっと止まらないし、時折出てしまう手足の震えは止められない。強い飢餓感は思考を鈍らせ、さっきもエルフの接近に腕を取られてしまうまで気づけなかった。
先ほどエルフに魔力を流し込まれたことで刺激され、誤魔化していた魔力の枯渇がより差し迫っているものに感じられる。
精霊たちに誘われるまま、ろくな確認もせぬうちにこのエルフの店に足を踏み入れてしまったものの、今のリューリクにはあまり手持ちがない。
ないものを払えと迫られても、困るのだ。
エルフはカウンターに戻ると、奥の方の薬棚から一つの小瓶を取り出した。
「そなたの魔力の枯渇具合からするに、これが最も適している」
精霊たちがわっと小瓶に集まって、嬉しそうにリューリクを見上げてくる。
一般的に出回っている魔力回復薬では見せない反応だ。
「手持ちがない」
リューリクが首を振ると、エルフは鼻で笑ってリューリクに引っ付いてきた精霊たちを指差した。
「人の金など大した価値はない。そなたが連れてきたその精霊らを少し貸してくれればいい」
精霊たちを見ると、大丈夫だというように皆頷いている。
「じゃ、それで……」
ふらついた身体にたたらを踏んで、踏ん張りきれずにリューリクはその場に座り込んだ。
「おい!」
エルフは小瓶を手に取り、座り込んだリューリクの肩を抱きかかえて小瓶の中身を流し込む。
リューリクは口の中に広がる強い苦みに吐き出しそうになるが、貴重な薬だと無理をして飲み込んだ。
「ひどい味だ」
だが効果は確かなようで、数日前から続いていた悪寒と飢餓感はすぐに収まり、震えを抑えるために強張っていた手足から余分な力が抜けていく。
「ひどいのはそなたの魔力管理の仕方だろう」
空になった小瓶を隅に置き、エルフはリューリクの腕を取った。
「魔力の流れが弱っている。枯渇状態になってからどれほど経っている?魔力の回復を待たず何に使った。もとの魔力量に戻った時、制御しきれずに命を落とす可能性があるぞ」
リューリクはふっと記憶をたどる。
5日前に、王宮から魔術具の回収があった。
魔力枯渇のきっかけは間違いなくそこで、魔力が回復する度にイリスへ魔力を注いでいたことでその枯渇状態を継続することになったのだ。
イリスは必要ないと言ってはいたけれど、イリスがいないと困るからと、リューリクは少し無理をして魔力を振り絞ってイリスへと注ぎ続けたのだ。
「5日ほど……」
「死にたいのか」
エルフは大きなため息を吐いて、掴んだ腕から先ほどよりも多くの魔力を流し始める。
量が多いせいか、自分のものではない異物が身体の中を駆け巡るような感覚に不快感を覚えるも、不思議とそれほど魔力の反発はない。
リューリクの中の魔力が押し戻そうとするも、枯渇状態の魔力に勢いがあるわけもなく、流し込まれる魔力の流れに抵抗できないまま飲み込まれてゆく。
「そなたは精霊と近いようだし、私の魔力とも相性は悪くないと思うが……」
「気持ち悪い……」
「成長期の子どもが、魔力を枯渇させた状態を長く続けるのは良くない。この場合、親や兄弟、血の近い者からの魔力の譲渡が一番なのだが、仕方あるまい」
エルフはリューリクの魔力の器を3分の1程満たすと、魔力の譲渡を止めた。
「魔力の扱い方を学ばなかったのか。そなたほどの魔力量であれば、よくよく注意を払わなければならないというのに」
掴まれた腕を振り払って、エルフから距離を取りよろよろと立ち上がる。
「魔術を学んでいる。問題ない」
「魔力の扱い方と魔術は違う」
知っていると、リューリクは心の中で呟いた。
だが、どう学べというのだ。
イリスは膨大な量の知識を持っているが、人の魔力についての造詣が深いわけではない。
人間の魔力については、精霊たちも首を傾げるばかりだ。
「随分と人間に親切だな」
人の街に現れるエルフは珍しいため、彼らについて知られていることはとても少ない。
美しい容姿と長耳。
人よりはるかに長い寿命を持ち、魔術に長けた、精霊との親和性が高い種族。
それがリューリクの知るエルフだ。
「子は、守るべきものだ」
エルフの言葉にリューリクは首を振った。
「私は14だ」
アルタリア国の法律では成人は18歳からだが、14歳は子どもとして扱われる年齢ではない。
「赤子のようなものであろう?」
エルフはそれがどうしたと不思議そうに首を傾げる。
長い時を生きるエルフからすれば、14は赤子同然なのかとリューリクは呆れた。
「魔力の扱い方を教わる者がいないのであれば、私が教えよう。人の世では精霊術も失われつつあると聞く。そちらも私は力になれる」
「私の師になると?」
「教えるだけだ」
リューリクはそっと口角を上げた。
「私はリューリク。自分のことで話せることは多くない。金もなく、力もなく、知恵もない。あなたに返せるものがあるだろうか」
「人の子、そういう時は『助けてほしい』と。素直に言えばよいのだ」
頑なに閉じたリューリクの心に、エルフの言葉は染み入った。
目を見開いて、表情を取り繕うのを束の間忘れる。
言えば、その手はリューリクを掴んでくれるのだろうか。
精霊に詳しいのであれば、母のことも、きっと。
「たすけて、ほしい」
戦慄く口元から零れ出た言葉は、みっともないほど震えていた。
エルフは俯きがちのリューリクの頬に手を伸ばす。
「あぁ。私は、シュターリエ。見ての通り薬師をしている」
頬に触れた手はじんわりと温かく、リューリクは最後に母に触れられたのはいつだろうかと記憶をたどった。
「この名にかけ、そなたに必要な知識を授けよう」




