親友
いつの間にか、リリカは暗闇にいた。彼女の中で、淀んだ感情が渦巻いていく。
「オレは弱い。最後の最後で、オレは踏みとどまっている。殺せるのか? オレに、ライムを……」
マザー・セラフのコアは、ライムの魂そのものだ。人類を救うには、彼女は親友を殺めなければならない。しかしその迷いを振り払うことはおろか、彼女にはもう戦えるだけの力は残されていないだろう。その眼差しは、陰りを帯びていた。
「どうして、ライムなんだ。どうして、オレなんだ。苦しむのは、いつもオレたちばかりじゃねぇかよ!」
虚空に向かって、リリカは叫んだ。怒り、悲しみ、そして自己嫌悪――それらの感情が入り混じった声色は、暗闇に反響した。
その時である。
「た、立て、リリカ」
彼女の目の前に、手が差し伸べられた。リリカが顔をあげると、そこにはヒロトが立っていた。その横には、カムイもいる。
「リリカさんが弱気になって、どうするんですか。リリカさんは、誰のことを好きなんですか?」
無論、その答えは決まっている。リリカは生唾を呑み、覚悟を決めた。
「オレは、オレが好きだ! そして、アンタらのことも、ライムのことも!」
それが彼女の答えだ。その返答に対し、ヒロトとカムイは暖かい微笑みを浮かべるばかりであった。
それからリリカは、再びあの妙な空間に囲まれた。その目の前には、変わり果てた親友の姿がある。されど、リリカはもう迷わない。
「ライム! オレは、絶対に諦めねぇ! 必ず、アンタを救ってみせる! だから、オレを……オレを信じろ!」
そう叫んだ彼女は、右手に太刀を生成した。それから彼女は、一心不乱に太刀を振り回した。彼女が傷つけているのは、ライムではない。この時、リリカは眼前の親友を取り囲む数多の魔法陣を破壊しようと試みていた。しかし、何度斬撃を受けても、魔法陣は自動的に修復されてしまう。それが選民会の仕組んだものなのか、はたまたヒズミが仕組んだものなのか――定かではない。ただ、リリカには魔法陣を破壊することなどできない。それが全てである。
「無駄だよ。この魔術は、何重ものプロテクトがかけられているんだもん。結局、あたしたちは戦う運命にあるんだよ」
無慈悲な真実を突きつけたライムは、相も変わらず無機質な表情をしていた。そんな彼女を、リリカはいまだに信じている。今のリリカにできるのは、親友を説得することだけだ。
「もうやめよう。こんなことをして、何になる。オレたちは親友だ……傷つけ合う必要などどこにもない」
「でも、今のあたしはマザー・セラフなの! それに、あなたも知っているでしょ?」
「違う! アンタはオレの親友だ! この日のために、何年も……オレは何年もアンタの魂を探し続けてきたんだ!」
この期に及んでもなお、彼女は救いある未来を諦めなかった。例えマザー・セラフのコアと化したとしても、親友は親友なのだ。
その時、ライムの身にノイズが走った。
その表情は紛れもなく、自我を取り戻していた。
「そう。リリカは、相変わらず変わらないんだね」
「あの日からほんの一瞬だって、オレはアンタを忘れたことはねぇ!」
「……そっか。最後に、リリカと話すことができて、本当に良かった……」
ライムは微笑んだ。その目には、涙が浮かんでいた。突如、彼女は巨大な魔法陣を展開した。後光に照らされた彼女の身で、ノイズは容赦なく勢いを増していく。
「な、何をしている! ライム!」
「あたしが主体性を失えば、魂の力――つまり魔力を失うことになる。これで、マザー・セラフは完全に停止する」
「よせ! やめろ、ライム!」
咄嗟に、リリカは手を伸べた。彼女が掴んだ親友の手は、すでに消え始めている。
「リリカ。あたしたちは、親友だよ。昔も、今も」
そんな想いを告げたライムは、哀愁を帯びた愛想笑いを浮かべていた。




