何者
あれからリリカは、無数の機関銃や太刀を遠隔操作し続けた。彼女の猛攻により、ヒズミは着実にその身を削られている。一方で、彼も防戦一方ではない。彼は一心不乱にナイフを振り回し、相手の身に傷の干渉縞を刻んでいく。両者ともに、全身に重い傷を負っている有り様だ。さりとて、リリカにはあまり時間がない。一刻も早くヒズミを倒さなければ、人類は己を己たらしめる全てを失うこととなる。そんな状況に置かれてもなお、リリカは殺生に消極的だ。
「ヒズミ、もうやめよう。こんなことをしても、なんの解決にもならねぇ。アンタが何に生まれたか、どう作られたか、そんなモンはどうだっていい。どう生きるか、どう在るか、それは自由意志に委ねられることだ!」
無論、それでヒズミが説得できれば世話は無い。彼からしてみれば、彼女の言ったことは綺麗事に過ぎないだろう。
「ボクはホムンクルスとして生み出されただけじゃない。元より、ボクはマザー・セラフのコアとして生み出された存在だ。ボクが己の出生に一矢を報いるには、この身をもって究極の平和を完成させるしかないんだ」
「そんなモンは究極の平和とは言えねぇ。己らしくあることは、全ての人間に許された――何よりも高潔なことだ!」
「世の中、美しい人間ばかりじゃない。主体性がある限り、人は必ず誰かを害するものだ。キミだって、嫌と言うほどそれを見てきただろう?」
そんなことを問われたリリカは、自らの過去を思い出した。彼女は魔女狩りの標的となり、迫害を受け、その挙句に施設に収容までされ、更には数多の霊獣を送りつけられた身の上だ。その上、当時の彼女にとっての唯一の理解者――譜割ライムは、その魂ごとこの世から失踪したのだ。仮に世界が優しさで構成されていたのであれば、リリカがここまで苦しむ必要もなかったことだろう。されど彼女は決して、己の意思を曲げない。
「絶望ゆえに見捨てられるには、世界はあまりにも希望に満ちている。欠けているから補い合い、弱さがあって当然だから互いを許し合う。そうやって、人間は歩みを進めてきたんだ!」
「ただ息をするためだけに、生命は他者から何かを奪わなければならない。傷つけ、傷つき、涙を礎に得た財産にすがっては幸福を賛美する。だから己らしくあってはならないんだ――ボクたちは」
「だとしても! アンタが壊そうとしているのは、人に、心に、そして世界に息を吹き込むモンだ!」
これまでの過去――そして全ての感情を背負い、リリカは無数の太刀を発射した。この攻撃により、ヒズミは勢いよく吐血する。しかし彼の左手には、水晶玉が携えられている。その水晶玉は光を放ち、彼の全身を癒した。彼が無傷の状態にまで回復したのに対し、リリカは満身創痍だ。そんな彼女に対し、ヒズミは言う。
「完成した――全人類にファントムを憑依させるコマンドが! 後は、このコマンドを実行するだけだ!」
こともあろうに、全ての準備が整ったようだ。
「しまった……!」
この時、リリカは絶望を覚えた。このままでは、マザー・セラフが世界を変えてしまうだろう。
――その瞬間、ヒズミの身に、凄まじいノイズが走った。
辺りは眩い光に包まれ、彼の身は徐々に消えていく。
「まずい……呑まれる!」
「呑まれる? なんのことだ?」
「なんだ、この霊魂は……!」
それは紛れもなく、ヒズミ自身にとっても理解の及ばないことであった。周囲を覆う光は更に眩さを増していき、二人の視界をくらます。
「死ぬな! ヒズミ!」
咄嗟の判断により、リリカは手を差し伸べた。しかし、その前方では、ヒズミがとてつもない勢いでノイズに呑まれている。
「リリカ。キミは、ボクを何者だと思う?」
そう言い残した彼は、その場で消滅した。




