失わない決意
騒然とするリリカたちの前に、一人の老人が姿を現す。
「驚いたようだな……君たち」
――ゴンゾウの登場だ。彼に対し、リリカが真っ先に抱く感情は一つだ。
「何故、自分の部下を殺した!」
その怒号は、屋敷の庭にこだました。もちろん、ゴンゾウとて無意味な殺生を好んでいるわけではない。その陰には、彼自身の冷徹さが潜んでいる。
「ああ、幹部たちか。奴らを生かしておくより、私の強さを誇示するほうが有意義だと思ってね。どうだ、あの連中を瞬殺した私に、今もなお立ち向かおうとは思うかね?」
思えば、サダメたちは強敵だった。そんな彼女たちを、この男は瞬く間に始末したのだ。そんな彼に臆する以上に、リリカは憤りを覚える。
「アンタだけは許さねぇ! オレは……ようやく、サダメと分かり合えたんだぞ!」
あの瞬間、彼女は確かにサダメと心を通わせていた。やっとの思いで和解できた相手は、眼前の老人の手で殺められてしまったのだ。堪忍袋の緒が切れたリリカは、無意識のうちに飛び出していた。その手には、太刀が携えられている。
「命知らずも甚だしいな」
ゴンゾウがそう呟いたのを皮切りに、クジラ型の霊獣が彼女の身に襲い掛かった。リリカは瞬時に呑み込まれたが、霊獣の身は内側から切り傷を刻まれていく。そしてサダメたちを瞬殺したはずの巨体は、一瞬にして爆発した。そこから姿を現したリリカの指では、あの指輪が眩く発光している。その様を前にして、ゴンゾウは微笑む。
「ほう……怒りで感情が高ぶり、魔力が暴走しかけているようだな。ちょうどいい……このまま暴走させて、君自身の手でヒロトとカムイを殺めさせるとしよう」
ヒロトも、カムイも、かつては魔力を暴走させたことのある身の上だ。そんな彼らには、ゴンゾウの作戦の有用性がよくわかっている。
「よ、よせ!」
「リリカさんに、そんなことをさせないでください!」
無論、この二人が何を訴えたところで、相手が聞く耳を持つはずもない。ゴンゾウは邪悪な微笑を浮かべたまま、リリカを挑発し続ける。
「サダメの霊魂との交信を試みるといい。私の霊獣に捕食された者は、魂ごと破壊される。もう二度と、君はあの女と語らい合うことなどできないのだ」
「アンタ、一体何様のつもりだ! 自ら選んだ人間まで殺しやがって、選民思想さえも出来損ないか!」
「そうだ……もっと怒りを覚えたまえ。そして、君自身の手で、君が家族と呼んでいる二人を殺すのだ。君は失う! 泥水をすすっても、乗り越えても、手に入れても、君は何もかもを失う運命にある!」
このままでは、リリカは本当に暴走しかねないだろう。そこでゴンゾウの方へと駆け出すのは、ヒロトだ。
「リリカは、う、失わない!」
そう叫んだ彼は、爆炎をまとった拳をゴンゾウの顔面に突き出した。それに続き、カムイも飛び出す。
「これ以上、何も失わせません!」
声を張り上げた彼女は、大剣を振り降ろした。
しかし二人の攻撃は、まるで通用していない。ヒロトの拳も、カムイの大剣も、ゴンゾウの杖によって受け止められている。
「狙う相手を間違えているぞ。君たちはこれから、リリカに殺されるのだろう?」
そう呟いた彼は杖を振り、拳と大剣を振り払った。それから彼は黒い宝玉を取り出し、空間転移の魔術によってその場を去る。
「ゴンゾウ!」
怒りに満ちた声色で、ヒロトたちは叫んだ。その傍らでは、リリカが自らの感情に抗っている。
「案ずるな。オレはアンタらを傷つけねぇ。何があっても、アンタらだけは失わねぇって――そう心に決めたんだ」
震えた声色でそう囁いた彼女は、目に涙を浮かべていた。肩で呼吸しつつも、彼女は辛うじて理性を保っていた。
「オレは、失わねぇ。絶対に……オレは……」
決意の言葉を言い終わる前に、リリカはその場に倒れた。




