殴り合い
マヒトは首を鳴らし、眼前の挑戦者を睨みつける。彼には一つ、理解できないことがあった。今目の前にいる男は、彼に二回も惨敗したはずである。それでも、この男はいまだに立ちはだかってくるのだ。
「何故、お前は諦めない? 正直、面倒くさいのだが」
そう訊ねたマヒトは、呆れ果てた表情をしていた。一方で、ヒロトは真っ直ぐな目をしている。その心に宿る闘志は、もう決して失われることはないだろう。
「お、俺は、諦めない。お前が、め、面倒くさがろうと、俺は、何度でも、立ち上がる!」
それがヒロトの答えだった。無論、それはマヒトの望んでいた回答ではない。
「いい加減、お前を殴るのにも飽きてきたところだ。もう二度と、お前が戦えないようにしてやろう」
この男には、眼前の標的に対する慈悲もなければ、憎しみもない。ただ飽きたから、終わらせる――それだけの話なのだ。マヒトは自らの拳を鋼鉄に変え、それを前方へと突き出した。その拳を両腕で受け止めたヒロトは、その場に大爆発を起こした。この一撃は、マヒトの手に軽い傷を負わせた。
これは大きな一歩だ。
ヒロトは笑う。
「へへっ……お、お前に、傷を負わせることが、できた!」
「痛いじゃないか。俺様に痛みを与えるということは、お前は存在を許可されない」
「よく言うよ。ど、どのみち、お、俺を殺すつもりでいるくせに!」
一発、また一発と、彼は眼前の宿敵に拳を叩き込んでいく。その節度、彼の拳は爆炎を放ち、マヒトの身を焼いていく。当然、相手も防戦一方ではない。マヒトは右脚を勢いよく振り上げ、ヒロトの腹に蹴りを入れた。ヒロトは吐血するが、決して怯みはしない。それからも彼は連続的に殴られ続けたが、そのたびに己の身を爆発させていった。もはや今回は、ヒロトが一方的になぶられる戦闘ではない。両者ともに、その身を削りながら闘争を繰り広げていく。そして双方とも、一歩も退きはしない。数多の血が流れ、拳と拳がぶつかり合うその様は、まさしく二体の修羅が舞っているような光景であった。
苦戦を強いられ、マヒトは苛立ちを覚える。
「俺様の許可なく、勝手に強くなるな。人の迷惑も考えろ」
「だ、黙れ! お、俺は、お前の許可なんか、必要ない!」
「ワガママな奴だな。親の顔が見てみたい。恥知らずだ」
強敵の存在を前にしてもなお、彼の理不尽な言動に変化はなかった。その傍若無人な態度は、ヒロトの怒りを誘発する。
「俺の方こそ、お、お前の親の顔を見てみたいところだ!」
そう叫んだ彼は、爆炎をまとった右ストレートを繰り出した。激しい爆発によってその身を負傷したマヒトは、鋭い眼光を見せながら切り返す。
「見たければ勝手に見ればいい。親は親であって、別に俺様の一部を担っているわけでもあるまい」
「お前が先に、お、俺の親の顔を、見たいと、言ったんだろ!」
「そういえばそうだったな。まあ、お前の親の顔はすでに骸になっているから、見比べても意味がないわけだが……」
そんな無神経な発言をした彼は、鋼鉄の足でヒロトを蹴り飛ばした。ヒロトは後方の壁に叩きつけられたが、すぐに前方へと駆け出す。そして右手に全身全霊を籠め、彼は叫ぶ。
「俺は、お前を、黙らせる!」
大声の反響した広間が、大爆発に包みこまれる。マヒトはその場に崩れ落ち、全身から血飛沫を散らした。この時に己の身に起きたことを、彼はまるで理解していない様子である。呼吸を荒げながら、彼は不満を口にする。
「俺様が、ここまで追い詰められたのか? 俺様は、そんなことを許した覚えはない。お前は、どこまでも身勝手な奴だ」
どこまでいっても、竜胆マヒトという男の価値観は変わらない。例え、それが敗北の瞬間であったとしても、その信条は揺らがなかった。




