奴隷市場
次の日、ゴンゾウはリリカたちを呼び出した。彼女たちが連れられた場所は、スラム街にある奴隷市場だ。そこで売買されている奴隷たちは皆、生気の無い顔つきをしている。同時に、彼らは皆、一切の苦痛を匂わせない表情もしているのだ。
「こいつは、ヒデェな……」
思わず、リリカは率直な感想を口にした。彼女の両脇で、ヒロトとカムイも固唾を呑んでいる。無論、目の前の奴隷たちが無心でいることが意味するところは、ただ一つだ。
――彼らは主体性を失っている。
一方で、もはやゾンビと大差のない彼らを商品とする者たちは、嬉々とした笑みを浮かべている。その者たちにとって、もはや奴隷など人間ではないのだろう。その上、奴隷たちには守るべき尊厳さえない。主体性を持たない彼らからすれば、他者に隷属することを忌避する理由などないのだ。
ゴンゾウは邪悪な微笑みを浮かべ、こう語る。
「わかるかね? 選民だけが主体性を持つ世界の方が、上手く回るんだ。弱さゆえに苦しまない。弱さゆえに憎まない。ひいては争うこともない。主体性とは、人間が持ちうる最も危険な火種なのだ」
その言い分に、反論の余地はなかった。されど彼の考えは、極めて過激なものである。当然、リリカは義憤を覚える。
「そんな理由で、アンタは人間を人間たらしめる全てを奪うのか」
そう訊ねた彼女は、握り拳を震わせていた。もっとも、そう簡単に己の間違いを認めるゴンゾウではない。
「まあまあ、これは最終的に弱者たちを救う結果にもなる。見たまえ、彼らの表情を。そこにはなんの苦しみも喜びもない。苦痛の方が大きい人生を送るような人間は、主体性など持たない方が幸せなのだよ」
実際、何も感じられない方がましな人生を送るような者もいるだろう。さりとて彼の考えは、常人が支持するようなものではない。
「僕は、あなたの言っていることに納得できません!」
「ああ、ど、同感だ」
それがカムイとヒロトの答えであった。そんな二人の反論も、ゴンゾウにかかれば容易にあしらえる。
「どんな福祉を行うにも、財源が要る。つまり、誰かしらを搾取しなければこの世界は回らないのだ。ゆえに私は、主体性のない人間を搾取すれば良いという結論に至ったというわけだ」
確かに財産は有限だ。誰も傷つかない世界を築くことは、決して現実的とは言えないだろう。それでもリリカは納得しない。今目の前にいる男が言っていることは、彼女が受け入れられることではない。
「それがどんな信条に基づいていようが、オレはアンタを許さねぇ!」
彼女は激昂した。相変わらず動じていないゴンゾウは、淡々と話を続けていく。
「そう怖い顔をするな。どのみち、生まれ方を間違えた人間は幸せにはなれない。自らが弱者であることに折り合いをつけるには、何が邪魔になると思うかね?」
「……心、か」
「そうだ。弱者が痛みを忘れるには、腫瘍の塊のような自己を取り除くしかないのだ!」
重苦しい空気が、周囲を包み込む。リリカ一行には決して、彼と分かり合うことなどできないだろう。ヒロトとカムイが絶句する中、ゴンゾウは会話を続行する。
「富や成功を約束された人間だけが感情を享受し、みじめな人間は感情から解放される。このシステムのどこに、欠陥があると思う?」
「大問題だ。アンタの勝手な価値観で人間が分別され、挙句マザー・セラフを動かすために大量の囚人が苦しめられている。はっきり言って、虫唾が走る!」
「……残念だ。君たちとは分かり合えると思っていたのだがね。今まで君たちを苦しめてきたものは、君たち自身の心だろう?」
彼はそう訊ねたが、リリカの答えは変わらない。
「アンタにはわからねぇだろうなぁ。ヒロトとカムイがいるだけで、オレがどれほど幸せか」
兎角、彼女の知るものは、苦しみだけではなかった。




