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苦しみの魔法陣

 マザー・セラフの地下では、凄まじい光景が繰り広げられていた。リリカたちが頭上には高い天井が広がり、そこでは発光した巨大な宝石が浮遊していた。その周囲では複雑な魔法陣が点滅しており、この空間が何らかの魔術を行うためのものであることは火を見るよりも明らかだった。彼女たちが視線を下げれば、すぐ目の前には、全身に管を繋がれた無数の囚人がいる。彼らは皆、足首に深刻な古傷を抱えており、立ち上がることさえできないであろう有り様だ。その上、彼らを拘束する手枷は、数秒おきに高圧電流を放っていた。彼らが叫び声をあげるたびに、魔法陣に囲まれた宝石はより一層強い光を放っていく。この光景を前に、リリカは理解する。

「コイツらの苦痛が、魔力として機能しているみてぇだな」

 魔力とは魂の力だ。強大な魔術は、強大な感情を要する。つまるところ、百人近い囚人たちは、魔力を生み出すために虐げられているのだ。ここで一つ、妙な点が浮かび上がる。それを指摘するのは、カムイだ。

「食べ物と思しき匂いが感知できないのに、死体は一つも転がっていませんね……」

 そう――この環境下で囚人たちが生きながらえているには、異様なことなのだ。そこでリリカが推論を立てる。

「あの妙な管が答えだろ。奴らは魔術で生命を維持されているし、感情によって魔術を発動している。最低最悪の永久機関が成り立っている――といったところだろうよ」

 その推測が正しければ、マザー・セラフの地下で行われていることは極めて非倫理的だ。そんな中、カムイは一組の男女を見つけてしまう。男女は廃人と化しており、ただひたすらにうめき声を漏らしていた。彼らの前で立ち尽くし、カムイは呟く。

「お母さんと、お父さん……」

 よりにもよって、彼女は最悪の形で両親と再会したようだ。当の両親は、彼女の存在に気づいていない。否、彼らには、カムイに関する記憶などなさそうだった。

「お母さん! お父さん! 僕です! 泡沫(うたかた)カムイです! どうか、思い出してください!」

 カムイは必死に叫んだが、その行動が実を結ぶことはなかった。彼女がいくら喚いたところで、一度破壊された自我は元には戻らない。カムイは息を荒げ、その場に崩れ落ちた。その目にこみあげる涙で、彼女の視界は滲む。そんな彼女の震える後ろ姿を見て、リリカとヒロトの心は一つになる。

「……許せねぇ。オレは、こんなモンを生み出した奴を許せねぇ!」

「ど、同感だ。お、俺も、許せない。こんなことを、する奴は、に、人間じゃない!」

 彼女たちを束ねたものは、純然たる義憤だった。


 リリカは訊ねる。

「ヒロト。アンタ、魔法陣の解読はできるか? これらの魔法陣は、どんな組まれ方をしているんだ?」

 少なくとも、彼女には魔法陣の読み解き方がわからない。一方で、霊媒師ギルドの正式なメンバーであった経験の深いヒロトには、読み解き方がわかってしまう。

「こ、この魔術は、プ、プロンプトで組まれてる。魔術で、れ、霊獣を、生み出したり、あ、後は、ファントムの原料となる魔力を、は、放ったり……」

「ファントムの原料? ファントムを生み出す素材が、他にも存在しているかのような言い方じゃねぇか」

「その魔力と、じゃ、弱者にみなされた対象の持つ『主体性』が、結合すると、ファ……ファントムが、生まれるらしい」

 その情報に、リリカは戦慄を覚えるばかりだ。彼女は耳を疑いつつ、引きつったような笑みを浮かべる。

「おいおい。それってつまり、ファントムと分離した人間は、自らの主体性とも分離しちまうってことか?」

「そ、そうだ」

「最悪だぜ。今の説明で、納得できちまう。オレたちが壊してきたモンは、人の主体性だったんだな」

 彼女には確かな心当たりがあった。元依り代たちの背負っていた後遺症は、確かに主体性の喪失によって説明のつくものだった。

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