存在意義
あれからリリカたちは、命懸けで選民会の三人と交戦した。しかし彼女たちは、眼前の強敵にまるで歯が立たなかった。このままでは、リリカ一行は無様な死を遂げることとなるだろう。
その時だった。
突如、サダメたちは腹部に切り傷を刻まれ、勢いよく吐血した。彼女たちが目を遣った先にいたのは、ナイフを携えた美少年だ。
「キミたちなら、ボクが何者かを教えてくれそうだね」
――ヒズミの登場である。彼がナイフを振るごとに、選民会の三人はその身に干渉縞のような傷を負っていく。どういうわけか、彼女たちはヒズミについて知っている様子だ。そして危機的状況に立たされてもなお、サダメの言動は変わらない。
「マジウケる! アンタ、アイデンティティを探しものだと思ってんの? 自分でろくに練り上げてもいないものが、どこで見つかるの? アンタは空っぽで、何もない人間なんだよ!」
「それが答えであれば、ボクはそれでも納得できるよ。ボクはただ、結論を出すにはあまりにも、自分を測れていない……ただそれだけだからね」
「ふぅん。で、納得できる答えじゃなかったらどうするの? 人生の価値は行動をもって築かれるんだよ? アンタは己の存在に意味を持たせたいわりに、そこに在るだけの自分を何度も読み返しているだけなんだよ!」
相も変わらず、彼女の紡ぐ言葉は攻撃的だ。もっとも、弁が立てば戦えるというわけでもない。現に彼女は、戦闘においては酷く追い詰められている状況である。彼女は傷痕の治療を試みるが、やはり「波動の性質を持つ斬撃」への対応は追いつかないのだ。その上、彼女は深い切り傷こそ塞げてはいるものの、あざのような薄い傷に対処できていないのだ。
この光景を見て、リリカは気づく。
「なるほど……サダメが再生できる範囲は、新しい細胞で埋め合わせができる範囲だけらしいな」
無論、そんな説明では、ヒロトとカムイはその真意を理解できない。
「そ、それは、ど、どういう意味だ?」
「僕にも、わかりません」
二人の知能がリリカに及ばないのは相変わらずだ。そこでリリカは、説明を始める。
「簡潔に言うなら、アイツは人体錬成の魔術を使うんだ」
何やら彼女は、サダメの魔術の正体を掴んだようだ。依然として納得していないヒロトたちに対し、彼女はその証拠を伝えていく。
「さっきアイツがオレの体内に忍ばせたのは、細胞だ。その細胞への拒絶反応で、オレの免疫が狂い始めた。アイツは白黒はっきりした傷であれば細胞で埋め合わせて修復できるが、波動による曖昧な傷に対処することができないんだ」
この緊迫した場面でもなお、リリカは冷静沈着だ。その頭脳に、ヒロトとカムイは感心するばかりであった。
一方で、ヒズミの相手を引き受けている選民会の幹部たちは、苦戦を強いられていた。そこでサダメは、決断する。
「うぅん、流石に勝てないかなぁ。じゃ、アタシは先に撤退するね!」
意外にも、他者を嘲るばかりの彼女には、勝利への執着がなかった。彼女はすぐに壁の穴から飛び降り、その場を去った。彼女だけではなく、マヒトとシゲルも目の前の勝利には固執していない。
「俺様が撤退したことを忘れれば、その撤退は存在していないのと同じだ。お前たちの記憶などどうでもいいからな」
「予定を狂わされたまま作戦を続行する道理はないもんね」
口々にそう言い放った二人は、サダメの後を追うようにその場を去った。
一先ず、これでリリカたちは一命を取り留めた。
ヒズミは問う。
「さっき、言われたことだけど。やはり、何か行動をしないと、ボクという存在は完結しないのかな」
彼からしてみれば、自分が何者であるかは極めて重要なことだ。そんな彼を励ますのは、リリカである。
「……己を知らねぇというだけのことで、人間は無価値にはならねぇ」




