心の傷
翌日の早朝、ヒロトは密かにギルド本庁を離れ、樹海を徘徊していた。何やら彼は浮かない顔だ。先日のことを思えば、彼が感傷に浸ることも無理はない話である。その虚ろ気な眼差しは、心ここにあらずといった有り様だ。
「お、俺は……ひ、人……を……」
あの出来事の後遺症なのか、ヒロトは上手く言葉を紡げなくなっていた。自らの放った言葉が、目の前の命を奪った――その事実を受け入れるには、彼はあまりにも心が脆すぎたのだ。
そんな彼のもとに、あの三人組が現れる。
「生まれは貧しい未来は眩しい!」
「明日を信じて今日もゆく!」
「三人揃えば負け知らず!」
ミルシー、キクヒュア、そしてユウセイの三人だ。無論、少なくとも今の彼の眼中には、彼らの姿などない。それでもエテコー団の三人は、お構いなしに名乗り口上を続ける。
「ワガハイはミルシー」
「アタクシはキクヒュア」
「オイラ、ユウセイ!」
それから三人は、声を揃える。
「我らエテコー団、ただいま参上!」
相も変わらず、彼らは折れることを知らなかった。そんな底抜けに明るい三人とは対照的に、ヒロトは酷く滅入っている様子である。
「リ、リリ……リリカッ……ならっ……ここには、い、いない……」
元より、エテコー団が狙っているのはあの指輪だ。しかしミルシーたちは、彼を放ってはおかない。
「仲間を先に潰しておけば、仕事を完遂しやすいのであぁる!」
「オーッホッホッホ! そういうことですわ!」
「ついでにオミャーの『トリガー』もいただくぜ! あの爆発を起こしているのは、どの装備品かな!」
何やら三人は、ヒロトの「トリガー」とやらにも用があるらしい。ヒロトは己の首に下げていたネックレスを手に取り、弱気な態度を見せる。
「そ、それは……勝手に、す、すれば良い。ど、の、道、俺には、もう、つ、使えない」
これには、いつも彼と敵対しているミルシーでさえ、心配するばかりである。
「どうしたのであるか? 妙に元気がないのであぁる!」
ミルシーは相手の真意を知ろうとした。されど、ヒロトは決して心を開かない。
「おっ……お前らには、か、関係の、ないこと、だ! これで、ま、満足だろ!」
そう叫んだ彼は、ネックレスをミルシーの方へと放り投げた。ミルシーはそれを捕えたが、不満げな顔つきをしている。彼はじりじりとヒロトの方に歩み寄り、それから頬を引っ叩いた。眼前の唖然とした顔を睨みつつ、ミルシーは声を荒げる。
「エテコー団は、そんな鮮やかでない勝利を受け取らないのであぁる! ワガハイたちの認めた男が悩んでいるのなら、立ち直ってもらうのであぁる! ワガハイたちは、万全の状態で戦わないといけないのであぁる!」
どうやらこの男には、フェアプレーの精神が備わっているようだ。もっとも、今のヒロトが戦意を抱けないことに変わりはない。
「お、お前、人を、殺したこと、あ、あるか?」
その不穏な一言に驚いたのは、キクヒュアだ。
「ヒロトさん……?」
重苦しい空気が立ち込めた。エテコー団の三人は生唾を呑み、次に紡がれる言葉を待つ。ヒロトは呼吸を荒げつつ、先日の出来事を語る。
「お、俺の、俺の言葉が、ひ、人を、殺した。かつて、ファントムに、と、取り憑かれた奴に、死ねばいいって、言っちまった。俺は……ひ、人、殺しだ……」
やはりあの瞬間は、彼の心に癒えない傷を負わせていた。そんな彼を、ユウセイが励まそうと試みる。
「売り言葉に買い言葉で、本当に人が死ぬなんて、誰が想像できるんだ? こればかりはオミャーのせいじゃねぇよ」
「だ、だけど、俺が……」
依然として、ヒロトは落ち着きを取り戻さない。
「とにかく、今は一刻も早く冷静になるのであぁる。それが、後輩たちのためでもあぁる!」
ミルシーもそう言ったが、ヒロトの体の震えは収まらなかった。




