干渉縞
その時だった。
突如、ヒロトは腹部から血を噴き出し、その場から一歩だけ退いた。その身には、縞模様のような傷が刻まれている。この瞬間、真っ先に振り向いたのは、カムイだった。何者かの体温を感知した彼女が目にしたのは、虚ろな眼差しをした美少年である。美少年がナイフを振るごとに、間合いが離れているはずのヒロトは切り傷を負う。そして奇妙なことに、その傷は必ず縞模様を成しているのだ。
その光景を前に、リリカは察する。
「……波動だ! あれはおそらく、対象物に波動の性質を付与する魔術だ!」
無論、彼女の意味したところは、カムイには理解できなかった。
「波動……?」
リリカに目を遣り、カムイは怪訝な顔で首を傾げる。そこでリリカは、美少年の魔術について説明する。
「ヒロトの負った傷が、縞模様になってるだろ? あれはおそらく干渉縞……複数の波が干渉し合うと生じるものだ!」
「む……難しくて、よくわからないです」
「波と波がぶつかり合えば、より強い波になることもあれば打ち消し合うこともあるだろ? その両方が起きることで、縞模様みたいな跡が残るんだよ!」
その読みが正しいか否かは、カムイにはわからない。そればかりか、カムイは話の内容の半分も理解していない様子だった。そんな彼女たちの方へと振り向き、美少年は微笑む。
「よく知っているじゃないか……曲乃リリカ。ご名答だよ」
それが彼の第一声であった。この美少年はリリカたちを知っている様子だが、彼女たちは彼のことを知らない。
「アンタ……何者だ?」
リリカは訊ねた。しかし眼前の少年は、多くを語りはしない。
「ボクはヒズミ……わかることはそれだけだね。何しろボクには、一年以上前の記憶がないんだ」
「記憶が……ねぇだと!」
「だからボクは、ボクを知るために戦っている」
その言い分が本当であれば、彼が多くを語れるはずなどない。ヒズミと名乗る少年――その素性は謎に満ち溢れていた。
そんな彼を目掛け、ヒロトが飛びかかる。ヒズミが宙を殴れば、ヒロトは吐血しながら後方へと飛ばされる。この戦いに決着がつくまでに、もはや時間はかからないだろう。
「残念だねぇ。キミも、ボクが何者かを解き明かしてはくれなそうだ」
そう呟いたヒズミは、右手に持ったナイフを勢いよく振り下ろした。その斬撃による波動に巻き込まれ、ヒロトは胸部から勢いよく出血する。それから気を失った彼は、力尽きたように崩れ落ちた。
――ヒズミの圧勝だ。
しかしこの少年の目的は、相手を倒すことではない。
「キミたちには、もっと強くなってもらう必要がある。ボクの器を測る秤が要るからね」
一年前に記憶を失った彼は、あくまでも戦闘を介して己を知りたいだけだった。ゆえに彼は、とどめを刺さない。そんなヒズミに対し、リリカは一つ提案する。
「……だったら、オレたちと行動を共にしねぇか?」
「ん?」
「オレは親友の魂を、カムイは両親を探している。アンタが自分のことを知りてぇのなら、オレたちは手伝うぜ」
確かに、一人で行動するよりは、複数人で組む方が賢明には見える。しかしヒズミは、彼女の提案を一蹴する。
「仮にその時があるとしても、今ではないね」
「何っ……!」
「キミたちはまだ弱い。磨けば光るのは間違いないけどね」
それが彼の考えだった。そして、リリカたちは何も言い返せなかった。少なくとも、ヒズミの圧倒的な強さを前にすれば、彼女たちは無力に等しいのだ。
リリカは自嘲的な笑みを浮かべ、一つの真実を認める。
「そうだな。アンタがいなければ、今日がオレの命日だった。オレは……弱い……」
この日まで、彼女の人生は全能感と共にあったようなものだ。その幻想を打ち砕かれた彼女に背を向け、ヒズミはその場を去った。




