高層ビル
リリカたちを連れ、ヒロトはとある高層ビルの最上階へと赴いた。窓から街並みを一望できるフロアには、アンティーク調のインテリアがいくつも飾られている。そこで三人を待ち受けていたのは、ソファに腰を下ろした男だ。どういうわけか、彼はあまりヒロトたちに興味を抱いていない様子だ。
ヒロトは話を切りだす。
「俺のこと、覚えてるか? お前が俺の親父を殺したんだ」
一応、他の元依り代にも、暴走時の記憶はあった。当然、彼の目の前の男にも、その当時の記憶はあるだろう。
「ええ、覚えています」
それが男の回答だった。しかしその表情には、一切の罪の意識がなかった。当然、ヒロトは激昂する。
「父子家庭で育ってきた俺にとって、親父は唯一頼れる大人だったんだ! それを奪っておいて、なんでそんな顔ができる!」
この時、彼は男に殴りかかっていた。そんな彼を背後から抑えつけたのは、リリカだった。神妙な空気が立ち込める中、元依り代の男は依然として涼しい顔をしている。そして男は、こう訊ねるのだ。
「どんな顔をすればいいのですか?」
この一言が、ヒロトの神経を更に逆撫でする。ヒロトはリリカの腕を振り払い、眼前の男の胸倉を掴み上げた。振り払われたリリカは床に叩きつけられるが、彼を止めようと試みる。
「やめろ、ヒロト! 落ち着け!」
「黙れ! コイツは、許されないことをしたんだ!」
「だけど、アンタが取り乱してどうするんだ!」
流石の彼女も、時と場合を最低限はわきまえている。彼女は決して、この状況を茶化すような人間ではない。むしろ今この場において、最もヒロトを刺激しているのは、元依り代の男であろう。
「許されないこと? つまりどういうことですか?」
その表情に、悪意は宿っていない。正真正銘、男は事の重大さをまるで理解していなかった。見るからに、彼には人間として大切な何かが欠落している様子だ。
ヒロトは男を下ろし、そして憎しみの籠った眼差しを見せる。それからただ一言、彼は言う。
「クソッ……謝罪の一つもないのか!」
今のところ、眼前の元依り代は一度たりとも謝罪していない。そればかりか、この男は悪びれる様子すら見せていない。
「謝罪すればよかったのですね。すみませんでした」
「あぁ……? ナメてんのか……?」
「そんなことはありませんが」
やはり彼は、素で罪の意識というものを理解していない様子だった。そんな彼を睨みつけ、ヒロトは握り拳を震わせる。その全身は怒りで火照り、今すぐにも理性が決壊しそうな勢いだった。そんな彼の体温の上昇を感知したのは、カムイだ。
「ヒロトさん、耐えてください!」
「耐えられるか、こんなもん!」
「怒っても、意味がないんです!」
確かに、いくら怒鳴られようと、そして殴られようと、元依り代の男が彼を理解することはないだろう。それでもヒロトは、感情に身を任せずにはいられない。彼はすでに、我慢の限界にまで追いやられたのだ。
「お前なんか、死ねばいい!」
憎悪の赴くまま、ヒロトは大声を張り上げた。リリカが神妙な顔をする傍らで、カムイは怯えていた。
そこで男は、驚くべき受け答えをする。
「了解しました」
あろうことか、彼は窓を開け放し、一切の迷いも持たずにその場から飛び降りたのだ。このフロアから地上までの距離は、おおよそ七十メートルだ。この男に何らかの魔術が使えなければ、それが意味するところはただ一つだ。
「自殺したのか? 今の……一言で……」
そう呟いたリリカは、己の目を疑っていた。その横で震えているカムイは、酷く青ざめている。
「い、今……彼の体が地上に叩きつけられる音を『感知』しました!」
彼女がそう言ったからには、その信憑性は高いだろう。ヒロトは膝から崩れ落ち、息を荒げ始めた。




