形見
ある日、リリカはギルド本庁の一室にて、自分の指輪を見つめていた。彼女が口ずさむのは、いつもの歌だ。
「空がなぜ青いのかを知りたがっていた僕は今、人がなぜ生きるのかを知りたがっている」
いつもは不真面目な彼女も、この歌を歌う時だけは真剣である。そのハスキーな声色で、次の歌詞が紡がれる。
「星がなぜ光るのかを知りたがっていた僕は今、命が産まれる意味を知りたがっている」
この時、彼女はその場に自分しかいないものだと思っていた。そんな中、一人の人物が、彼女の後ろに現れる。
「その歌、なんですか?」
――カムイだ。興味津々な彼女の方へと振り向き、リリカは答える。
「『呼吸の意義』って曲だ。オレも詳しくはねぇけど、オレの親友がよく歌ってた」
この曲は、リリカにとって特別な思い入れのあるものだった。同時に、彼女の返答には一つ妙な点がある。
「歌ってた……ということは、今はいないんですか?」
「それがわからねぇんだ。その親友はかつて、オレの目の前で死んだはずだった。だからアイツともう一度話をするために、オレは霊媒師になったんだ」
「目の前で亡くなられたのに、わからないというのは……?」
聞けば聞くほど、それは妙な話だ。困惑するカムイに対し、リリカは更に不可解な事実を伝える。
「いくら交信を試みても、オレはアイツの魂を見つけられなかったんだよ」
霊媒師であれば、死者と交信できるはずだ。現に、リリカもファントムの被害者とその遺族の交信を手伝った身の上である。そんな彼女が親友の魂を見つけられないことは、本来ならばあり得ないのだ。
「その親友の話、詳しく聞かせてください」
カムイは言った。リリカは微笑み、感傷に浸りながら己の過去を打ち明ける。
「譜割ライム――それが親友の名前だ。オレとアイツはよく、魔女狩りに遭いかけていたよ」
「え、魔女狩りですか? どうして、リリカさんとそのご友人が、魔女として扱われたのですか?」
「理由はオレにもわからねぇ。ただ、オレたちはずっと逃げ回ってきたんだ。妙な施設に収容されるまで、ずっとな」
魔女狩りの話に続き、今度は強制収容の話が出た。彼女の辿ってきた道筋は、決して生温いものではなさそうだ。その衝撃に、カムイは生唾を呑んだ。リリカは話を続ける。
「施設にいた頃、オレたちの元には霊獣が送りつけれらた。幾日も、幾日もだ。当時はまだ魔術を使えなかったオレのために、ライムは一人で霊獣と戦ってくれたんだ」
「本当に、妙な施設ですね……」
「毎晩、オレは恐怖で震えていた。そんなオレを落ち着かせるために、ライムはいつもあの歌を歌ってくれたんだよ」
今でこそ強気な彼女にも、弱気な時期があったようだ。そんな彼女に同情したのか、カムイは少し陰りのある顔をした。
リリカは話を締めくくる。
「ある日、ライムは霊獣の群れからオレを守るために、魔力を使い切って消えちまったんだ。この『武器を生み出せる指輪』を残してな」
あの指輪は、親友の形見だった。それが彼女とライムの思い出であった。この時、カムイはかけるべき言葉を見いだせなかった。彼女はただ、無言でリリカのことを抱きしめる。
「カムイ……?」
「僕が心細い時、お母さんはいつも、僕をこうやって抱きしめてくれました。だから、リリカさんにも、そういう相手が必要だと思いまして……」
「ぷっ……ははは! なんだよ、それ。オレはもうそんな歳じゃねぇだろうが」
カムイの不器用な優しさに、リリカは笑った。無論、彼女は決して、子供扱いされたわけではない。
「あ、い、いや……そういうつもりでは……」
行動を誤ったと思ったカムイは、少し動揺した。そんな彼女を抱きしめ返し、リリカは囁く。
「……でも、ありがとな。カムイ」
呼吸の意義
https://youtu.be/Z9bn3KNUOXk




