第9話 君が『妹』ではないと気づいた日
スティーブとの不毛な押し問答を終えたその足で、リアムは馬を飛ばして王宮へと向かっていた。
(失う……? 僕が、クラリッサを……?)
胸を締め付ける、未だかつて味わったことのない激しい痛みに焦燥感が募る。
幼い頃から、スティーブの従妹である彼女を、妹のように見ていたはずだった。だが、彼女がいなくなるかもしれないという恐怖に直面して、初めて気づいたのだ。
彼女は単なる『スティーブの従妹』でも『チャールズの妹』でも、『義理で押し付けられた婚約者』でもない。絶対に手放したくない、一人の愛おしい女性なのだと。
◇
一方、王宮の書庫で書類整理をしていた私は、背後に突如として現れた殺気のような気配に驚いて立ち上がった。
「クラリッサ!!」
「ひゃいっ!?」
振り返ると、そこにいたのは肩を激しく上下させ、髪を乱したリアム様だった。普段の冷徹な美貌はどこへやら、紫の瞳を血走らせて必死の形相で私を見つめている。
(ひ、ひえぇぇっ!? 騎士団の仕事中のはずでは!? どうして私が書庫にいるって分かったの!?)
「り、リアム様……? 一体どうされたのですか……?」
「婚約解消の件だ! 僕は、絶対に認めない!!」
ドオンッ、と凄まじい音を立ててリアム様の長身が迫り、私の両側の棚に手が叩きつけられた。まさかの『書庫で壁ドンならぬ、棚ドン』である。
「え、あ、はい……? お母様からお聞きになったのですか? ですがリアム様、これは貴方様のためを思って――」
「僕のため!? ふざけないでくれ!」
普段のスマートで余裕たっぷりの副団長はどこへ行ったのか。余裕のないリアム様は、私の両肩をガシッと掴むと、至近距離でなりふり構わず叫んだ。
「解消など絶対にさせない! 君に去られたら困るんだ! 猛烈に困る!!」
「こ、困る……!?」
(言い方ーッ!? 恋心じゃなくて『便利屋がいなくなって困る』みたいな言い方になってますけどーッ!?)
「僕は君がいないとダメなんだ! 朝起きて君のことを考えない日はないし、廊下で他の男と話していれば腹が立つ! これほど僕の心を乱しておいて、自分だけ勝手に身を引くだなんて許されないぞ!」
「っ……!?」
(圧が! 圧が凄すぎて息ができない……!)
必死になりすぎるあまり、不器用極まりない言葉で叫び続けるリアム様。だが、その瞳には嫉妬と焦燥、そして純粋な執着が渦巻いていた。
(な、なんなのこの人……! 好きだから困るのか、ただの独占欲なのか、それとも私の胃を破壊したいだけなの!? 全然意味が分からないわよーっ!)
「わ、分かりましたから! 一旦落ち着いて離れてください……っ! 胃が……胃が破裂します……っ!」
「ダメだ! 君が納得するまで離せない!」
「理不尽すぎる―――ッ!!」
過剰なフェロモンと必死すぎる不器用な情熱を直撃で浴びせられ、私の胃は過去最大の激痛を叩き出すのだった。
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