第10話 自称ライバル令嬢の自爆
書庫での大騒動から数日。
あんなに必死に『解消は認めない!』と詰め寄られたものの、私はどうしてもリアム様の真意を信じきれずにいた。
(だってあのリアム様よ? 単に『完璧な婚約者』としてのプライドが傷ついたか、義理立てして引き留めてくださっただけじゃないかしら……)
そんなある日の午後、王宮の貴族用応接区域で悲劇は起きた。
その日、私は女官としての用務を終え、女官室へ戻る途中だった。
高位貴族の令嬢の中でも、とりわけ高慢なことで有名なゴードン伯爵令嬢・アリアナ様が、王宮での用務を終えて廊下を歩いていたリアム様に、しなだれかかるように言い寄っていたのだ。
「リアム様ぁ、パレス子爵令嬢のような地味な方との婚約解消のお噂、耳に挟みましたわ。あんな女官として働くような方よりも、わたくしの方が貴方様のお隣にふさわしいと思いませんか?」
扇子で口元を隠し、挑発的な笑みを浮かべるアリアナ様。
遠目からその光景を目撃してしまった私は、胸の奥がキュッと痛むのを感じながら、そっと物陰に身を潜めた。
(やっぱり……アリアナ様のような華やかな高位貴族の令嬢こそ、リアム様にお似合いだわ……)
ところが、当のリアム様の反応はアリアナ様の予想を遥かに超えるものだった。
「――私のクラリッサを侮辱するか」
リアム様の雰囲気が、一瞬で凍てつくような冷気へと変わった。
彼はクラリッサを守るため、そして余計な虫を散らすために、いつものように極上の笑みを浮かべた。だが、その紫の瞳には一切の光がなかった。
「身の程を知れ。私の心も体も、すべてクラリッサだけのものだ。二度と私の前に不快な顔を晒すな」
至近距離から浴びせられる、噂通りの凄まじい色気。そして、命の危機を感じるほどの威圧。
その圧倒的な破壊力を正面から直接浴びたアリアナ様は、「あ……っ……美し……恐ろ……っ!?」と呻いた直後、完全に許容量を超えて白目を剥き、そのままその場に崩れ落ちた。
「なっ……!? おい、しっかりしろ!」
倒れたアリアナ様を放置するわけにもいかず、リアム様は盛大にため息をつきながら、仕方なく彼女をお姫様抱っこで抱え上げ、救護室へと急ぎ運んでいったのだった。
◇
そして、その日の夕方。王宮内には、とんでもない尾ひれがついた噂が駆け巡っていた。
『やはり子爵令嬢との婚約解消は真実! 新たな婚約者誕生か!?』
女官室のサロンでその噂を聞いた私は、引きつった笑いを浮かべながら、遠い目でお腹を押さえた。
(ほら……やっぱり。あの時の『婚約解消は嫌だ』なんて、本心ではないのだわ。口ではああ言っても、結局は令嬢を抱きかかえて救護室へ運ぶくらいなんですもの……)
「クラリッサ、顔色が真っ青よ!? 大丈夫!?」
「ええ、大丈夫よ、リリアン……。ただ、少し……胃薬の量を増やそうかと……」
リアム様の無自覚な自爆劇によって、二人のすれ違いと私の胃痛は、さらに深まるばかりであった。
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